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グローバル社会を生き抜くために必要なのは、文化ではない。文明なのだ

2015.09.28
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ビジネススーツの着こなし。日本人はこれを「文化の問題」と誤解しがちですが本当は違う。スーツとは「文明」なのです。本書を読んでそれを痛感しました。

「またまたぁ、大げさなこと言っちゃって」と思われるかもしれません。「とにかくなんか極端なこと言ってアテンションを集めようとしてるんだろ。ぎこちないよ」と感じられることもあるでしょう。ですがそうではないつもりです。

本書は「ビジネススーツ」の着こなしを解説する本。著者は宮崎俊一氏。宮崎氏は1965年生まれ。一流百貨店を皮切りにキャリアをスタートさせ、紳士服バイヤーとして活躍してきたこの道のプロフェッショナルです。「成功する男のファッションの秘訣60」、「成功している男の服選びの秘訣40」などの書籍でも注目を集め、本書はそうしたシリーズの新刊となります。

宮崎氏が提案するのはビジネススーツの「ルール」。本書では特にバッグ、靴などの「小物使い」のルールに焦点が当てられます。
たとえばスーツにスポーツウォッチはNGだと解説されるのですが「G-SHOCKが好きだから使いたい。それが俺」だと言う意見もあるでしょう。それにTIMEXのようなカジュアルな時計が好きな人や、若い人だと最近流行りのチープカシオでいいやという人もいるかもしれません。

現代日本のファッションシーンでは、そうした感覚が「自分らしさの表現」として肯定される風土は、確かにあると思います。
街着であればそれもぜんぜん問題ないでしょう。ただ、ビジネスシーンにまでそうした感覚が入り込むのはいかがなものか。
ビジネスのビの字にも縁がない。ふだん、Tシャツにジーンズ、靴はドクターマーチンで過ごしている私が「いかがなものか?」といっても説得力は無に等しいでしょうが、宮崎氏もこうおっしゃっています。

ビジネススタイルは、あくまで相手あってのもの。「私はこれが好きだ」という理由だけでアイテムを選ぶべきではないのです。

私が「ビジネススーツ」を文明だと感じた理由はここにあります。また宮崎氏が「ルール」を打ち出す理由もまた、ここにあると思います。

よく指摘されてきたことですが、日本は義理人情を重視する社会。一方、契約の概念はヨーロッパで発達してきたものでした。
しばしば「義理人情のなあなあ文化」のほうが未開で、「契約社会」のほうが先端でカッコイイ印象で語られますが、それはそうではない。契約社会はルールの文化。ある意味でそれは「ルールに従いさえすれば誰でも社会人としてやっていける」という、シンプルな社会でもあります。実は義理人情の「なあなあの文化」のほうが、複雑で高度な精神能力が要求される。
ですが日本が「なあなあ」でやれたのは、それは均質性が高い社会だったという特殊事情のためであって、ヨーロッパのような異文化接触の多い社会では難しい。むしろ共通の「ルール」という土台を確立する必要があった。ローカルな文化を越えた、異文化交流のためのルール。それが「文明」です。
こうした「文明」がヨーロッパで発達したのは、現代の激しい地政学的情勢を見ても納得できるところですが、日本のビジネスマンも日々様々な異文化接触に直面していることでしょう。そうした場で「これが自分らしさだ」という感覚が通用するものか、どうか。
その人がスティーブ・ジョブズのようなよほどの傑物であれば黒のタートルとウオッシュドジーンズでいいのでしょうが、ふつうは、なかなか難しい気がします。
少なくともきちんと「ルール」を知った上で振る舞うのが無難でもあり、相手からの信頼にもつながるのではないでしょうか。

それに「なんでもアリ」になってしまった現代社会ですが、実はその反作用で「クラシカルな価値観」がむしろ重視されるようになっています。
たとえば、かつてはデニム姿でパーティに現れたジャスティン・ティンバーレイクのような人も、このムーブメントに乗って、ファッションデザイナー、トム・フォードとコラボ。クラシカルな3ピーススーツをビシっと着こなし、小物もフル活用してMVを製作し、人気を再燃させたりしています。

やっぱりルールは大切。考えてみれば、明治期に洋服を取り入れた日本人にとって、スーツを着ることは、西欧人とつきあう上で「俺たちもその文明に参加するよ」という意思表明のルールでした。
いつの間にか日本の風土に定着し「二着目は1000円!」「パンツ二本目無料!」など、独自の発展も遂げてきたビジネススーツの世界。しかしプロ中のプロである宮崎氏の案内できちんと本来の正統的なルールを知るのは、読書体験としても楽しいものでした。

もっとも、私がスーツを着る機会があったとしたら、スーツにドクターマーチンを合わせ、「さらにニットキャップをかぶるのが俺らしさ」という感じで現れそうですけど。

時計にオメガ……。お金ないしチープカシオでいいや……。酒飲んで無くしても平気だし……。

レビュアー

堀田純司

作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に“中年の青春小説”『オッサンフォー』、現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。

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