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100年後の未来を信じて作られた“生命の杜”
(著:伊藤 弥寿彦 写真:佐藤 岳彦)
なによりも多様、多種な動植物の強い生命感と美しさとを捉えている写真集です。皇居を除いて、大都会の真ん中にこのような自然・命が残っていることに驚かされもします。
よく知られているようにこの神宮の森は、本多静六、本郷高徳、上原敬二の3人が中心となって設計・計画されました。伊藤さんによれば計画はすんなりと通った分けではないようです。時の総理兼内務大臣の大隈重信の強引な主張に一時は「明治神宮の「永遠の杜」づくりの計画」は頓挫しそうになるのです。
植える樹木の種類(大隈は杉を主張しました)について自説を譲らない大隈重信は「永遠の杜」を構想、杉の植林に反対していた本多静六に対して「不可能を可能にするのが学問の研究ではないか」とまでいいつのったそうです。科学的データに基づく根気よい3人の説得によりようやく説得に応じた大隈ですが、「もし彼らが大臣の威に屈していたならば、明治神宮の森は多様性の乏しい、現代では緑の砂漠とも称されるスギ林となり、もしかしたら花粉症の原因になっていたかもしれない」のでした。
行政の横やりをはねのけられなければいまの神宮にこの写真集に収められた“いのち”がはぐくまれることはなかったのです。
本多たちは100年後の姿を見据えてこの杜を設計しました。そこには学問に裏づけられた“自然”に対する畏敬の念、“自然”の力を知り、信じた3人の“知性”があったのだと思います。
近代日本でまれに見る、“自然”と“人為”の融合した成功例だったのではないでしょうか。
けれどこの「永遠の杜」も危機が訪れようとしています。「土の健康度を測る指標」となる土壌生物が著しく減少しているという調査結果が出されたのです。「ヒートアイランド現象などに伴う都心部の気温上昇によって森の土壌の乾燥化が進み、土の中の環境が変化しているのではないか」といわれています。
この神宮の杜の緑は、新宿御苑、絵画館前、明治記念館、そして東宮御所までをつなぐものだったとどこかで読んだような気がします。その緑を断ち切った位置にあるのが国立競技場(跡地)です。建物の規制も新競技場選定時に緩められたままです。高層ビルの建設も計画されています。上空から見たら緑の流れに杭を打っているようにみえるでしょう。もしザハさんの案が通っていたら、あの建物は緑を食い荒らす巨大な虫、人間には何ともなくとも「永遠の杜」からみれば害虫に思えるかもしれません。
100年後の未来を信じて作られた“生命の杜”は100年後の私たちが危機を招き寄せたのです。なぜこのようなことが起きてしまったのでしょうか。“自然”に対する畏敬の念を失ったからでしょうか。想像力が欠けてきたからでしょうか。“自然を人間化”しなければ生きていけない“人間”そのものに問題があるのでしょうか。
目の前“自然”と“人為”の融合した成功例があるのに、そこからなにも学ばなかったからではないでしょうか。
夏目漱石の『夢十夜』に運慶の話があります。有名な、木の中に仁王が埋まっていて、それを掘り出している、というお話です。それになぞらえれば、本多静六たち3人は「森のない荒れ野」の虚空に「杜」を見出し、それに従って計画したように思えます。
100年後の未来は本多たちには“現在”そのものだったように思えます。
大隈が“未来”を担保にして語り、“現在”になにかを強いたのに対して、本多たちは“現在”の中に“未来”そのままを見たように思えるのです。
“愚行”はいつも“未来の夢”を担保にして“現在”になにかを強いることから生まれます。「永遠の杜」というものはいろいろなことを私たちに問わず語りしているのではないでしょうか。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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