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優しくて、笑えて泣ける怖くないホラー

幻想郵便局
(著:堀川アサコ)
2015.07.29
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子供の頃からホラーが好きで、それと同じくらい嫌いだった。
古ぼけた洋館や病院、過疎化で人のいなくなった山奥の廃校、目には見えない誰かが起こす怪現象など、ホラー作品の王道的な演出や設定は大好きなのだが、過度に残酷な描写や後味の悪い結末がとてつもなく苦手だった時期があり、そういった作品に連続してあたってしまうと、好きよりも嫌いがまさるようになった。
要するに脂っこすぎたのだ。油物は嫌いではないけれど、連続で食べると胃がもたれる。さっきまで好きだったのに嫌いになる。
しかしどんなに胃がもたれようとも、不思議なことに、日が経てばまた食べたくなる。散々嫌な気分にさせられたのに、また怖いものを読んだり観たりしたくなる。そしてまた、残酷な描写やバッドエンドにげんなりして悶々とするのである。
そんな堂々巡りを解消するために、「怖くないホラー」があればなあと、僕は昔からよく思っていた。ホラー的な演出・設定を使っているのに怖くない。でも面白い。読後感が心地よい。そんな作品があれば……。
これから紹介する堀川アサコの『幻想郵便局』は、そんなわがままを見事に叶えてくれるばかりか、複数のジャンルを内包した、とても贅沢な娯楽作品である。

『幻想郵便局』の主人公・安倍アズサは短大を卒業後、学校の就職課から「名指しで求人がきた」と連絡が入り、アルバイトとして郵便局で働くことになった。アズサは履歴書の特技欄に「探し物」と書いていた。それが名指しの理由らしい。
アズサが働くことになる登天(とうてん)郵便局は、周りを田んぼに囲まれた低い山の山頂にあり、彼女がそこで出会う人々は、みんなそれぞれに何かありそうだ。
大男で、庭仕事ばかりしている局長の赤井。
ラーメン大好き小池さんに似ていて、オネエ言葉を使う青木。
郵便局と同じ登天という名前の老人は、配達の達人だそうだが、焚き火に紙クズをくべるだけで、とてもそんなふうには見えない。
その登天郵便局で冷たくあしらわれる美人の真理子さんは、どうしてなのか長い髪の片側だけパーマがきつく、焦げた臭いがする。
他にも魅力的で何かありそうなキャラクターたちが登場する本作は、怖くないホラーであると同時にミステリーでもあり、人間ドラマも楽しめて、笑いもあって、実はファンタジー小説でもある。普通、これだけの要素を詰め込めばごちゃごちゃしそうなものだけれど、そうならないところが著者である堀川アサコの凄味だろう。
無駄のない読みやすい文章。
テンポよく進んでゆくストーリー。
個性的な登場人物たちには嫌味なところがほとんどない。嫌な人物がゼロというわけではないけれど、あっさり退場するので不快な気分を引きずることがないのだ。
そうした作者の技術と演出がリーダビリティーとして機能し、登場人物たちが織りなす人間ドラマが、本作の「癒やし」になっている。
『幻想郵便局』には、甘酸っぱくて、おかしくて、優しい風が流れているのだ。
もちろんこれは比喩だが、作品全体から感じ取ることができるその甘酸っぱさ、ユーモア、優しさによって、ホラー的な演出で描かれている場面でもさほど怖さを感じないようになっている。
これらのことからもわかるように、『幻想郵便局』という物語を構築している大きな軸は、ユーモアに溢れた人間ドラマだ。

『幻想郵便局』は長編だが、複数のエピソードによって構成されており、それらエピソードの中には泣かせる話もある。個人的に好きなのは、アズサと、彼女の中学時代の国語教師である立花との、とある会話シーンだ。ネタばらしになるので詳しくは書けないが、何気ない会話で進んでいくそのシーンは、何気ないからこそリアリティがあり、そのリアリティが切なさに繋がっていた。
美人で“片側だけきついパーマ”の真理子さんが、物語の終盤で口にする次の台詞には胸を締めつけられた。
「しょうがない人ね。そんなに嫌だったのなら、云ってくれたらよかったじゃない……」
これもネタばらしになるので詳しく書くことはできないが、普通ならこんな台詞は出てこないシーンである。でも真理子さんなら、いかにも言いそうなのだ。そこに哀愁を感じてしまう。
そんな演出の数々が『幻想郵便局』の「深み」として機能している。この「深み」は、きっちり計算されて書かれたものだろう。
作者の堀川アサコは、あとがきで次のように述べている。

明るい物語ではありますが、「死んだ人は、消えてしまうのではない」という気持ちを、精一杯に込めました。

優しくて、笑えて、切なくて悲しい。そして人の生と死が切実に描かれている。だから泣ける。だから軽いテンポで物語は進んでいくのに「深み」を感じる。
それでいて、ホラー、ミステリー、ファンタジーの要素は少しも薄れることがない。むしろ密度を増す人間ドラマと同時進行でそれらも濃さを増すことで、物語により深みを与え、『幻想郵便局』を上質のエンターテインメントに仕上げている。
笑って泣けて謎があり、人間ドラマもある怖くないホラー。
この本に出会えてよかった。この本を読んでよかった。
本作を読了した多くの読者には、幻想郵便局から、そんな読後感が配達されるはずだ。

レビュアー

赤星秀一

小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。

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