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凄絶な戦争体験がもたらした「生きもの感覚」、そこから見えてくる死の世界とは……
前著『荒凡夫 一茶』で「私は〈荒〉を〈自由〉という意味に取りたい。つまり〈荒凡夫〉とは、平凡で自由な男、平凡で自由な人間のことだ、と思っています」 と書き、さらにすすんで一茶の中に「人間も小動物も変わりがないという〈生きものかんかく〉」を見出した金子さんの「生きもの感覚」について記したさらなる一歩がこの本だと思います。
「生きもの感覚」の背景には金子さんの凄絶な戦争体験がありました。トラック島で眼前で起きた数多くの死。それは戦闘死だけではありません。手製の武器の実験失敗での事故死、さらに餓死……。そのような戦闘死を含めた死を金子さんは「殺戮死」と呼んでいます。その中で生き抜くこと中にももちろん凄惨な出来事があったと思います。
そして敗戦後、1年あまりの捕虜生活の後の復員……。
「それまではいつ死んでもいいと思っていた。でも今度は、戦争で死んでいった人たちのためにわたしは長く生きなきゃいかんと思うようになっていった。死ぬというところからひたすら生きて、生きて、生き抜いてやる」と。「戦死した人の分まで生ききるんだと決意した」その上で、
「何ものにもとらわれず、欲望のままに生きる平凡な男、荒凡夫。そこに自分のめざした生き方を重ね合わせていこうと思ったのです」
それはまた「「花鳥諷詠」という伝統の俳句にとらわれていては自分の想いは表現できない」という金子さんの俳句への姿勢を生み出すもとにもなったのです。
戦後の日銀勤務と俳諧の日々、その中で金子さんは、それまでは軽く見られていた小林一茶を再発見していきます。一茶が言う荒凡夫の中にあるなにかを見出していきます。先達としての小林一茶が教えてくれたもの、それは
「本能は常に欲に触れて往きたいという気持を持っていて、常に触れることを楽しんでいる、喜んでいる。ところが本能は、それだけでは満足しない部分を持っている。本能は、人間のおおもとのふるさとである原郷があることを知っていて、もっと正確に言うなら自分たちはその「原郷からやってきて、原郷へ帰っていく」ことを心の深いところで知っている」「その原郷を求める心を、わたしは「生きもの感覚」と名づけました」
というものでした。
これは「すべてのいのちが自分のいのちとまったく違和感がなく混ざり合っている」ということです。金子さんのこの想いは「土の上で暮らし」がもたらしたものでした。そしてそれは金子さんの他界説につながっていくものとなったのです。
「わたしたちは今、この世の土の上に生きていますけど、自分のいのちの役目を終えたら、また土の中に戻って、その土の中を移動して、向こうの土、冥土とか楽土といった土の上に移っていく。それが私の他界観です」
ではあの戦場での「殺戮死」は……。
「数多くの「殺戮死」を、眼の前にしてきた。そのとき、いのちは死んでも生きているなどとはとても思えなかったのだが、いま平和な死を日々体験することによって、いのちは死なない、他界に移っているだけだ、と確信するようになっている」
と記されています。
そしてまた
「実は、この世は他界より寂しいものだと思えるような死。そう思えるのが理想の死、理想の他界ということではないか。ふとそんなことを思ったりもするのです」
これこそが「生きもの感覚」の到達点と呼ぶべき境地なのではないでしょうか。ここにはある強い意志の姿を感じさせ続けるものがあるように思いました。語り口からも(金子さんはそれを「侠客言葉、つまり与太言葉」と呼んでいますが)その心意気も感じられる一冊です。92歳でガン手術をしたという金子さんの、カバー下のモノクロ写真の笑顔が心にしみてきます。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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