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恐ろしいほどの「ワシ掴み力」。もはや物語という名の精神兵器

やぶへび
(著:大沢在昌)
2015.03.23
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この小説は講談社百周年記念企画のひとつ「一年間で100冊の書下ろしを刊行する」という大イベントの中の一冊として2010年に出版されたものです。
この2015年の1月に文庫化。「逃れられない、ワシ掴みの面白さ!」という帯を書店の店頭でみかけて「大沢先生の本でこう言われるからには、一気読み必至なんだろうな」と思い、買ってきたものでした。
ちなみに夜中の3時過ぎに「寝る前にちょっと冒頭だけでも読んでおくか」と読み始めたのですが、結果、物語の展開から逃れることはできず一気読み。読み終えた時は朝でした。恐ろしいほどの「ワシ掴み力」です。もはや物語という名の精神兵器ですね。

そもそもなのですが、面白い物語はどのように書くものなのでしょうか。かつてエドガー・アラン・ポーは「結末がしっかり決っていて、物語のすべての構成要素がそのために存在するように書かないといけない」と語っていました。
確かにです。実際、展開を決めず、目的地を定めないまま書き出してはいけない。構成をきちんと決めて書いたほうがいいという作家も少なくありません。
こうしたつくり方のメリットとして、結末が明確なだけに周到に伏線などを配置していくことができるでしょう。演出も十分に構想できます。そう。一見、どう考えても「これが正解」に思えるのですが、実はこの「結末先方式」が、物語の唯一のつくり方ではなかったりします。
たとえばこれは漫画の話になりますが、連載漫画作品の場合、「最初考えていたのとはぜんぜん違う結末になりました」という展開もごくふつうの話です。
『北斗の拳』のケンシロウが、シンを倒した後、地上最大の兄弟喧嘩を戦い、その後、修羅の国に渡って、さらには馬に乗って世直しの旅に出かけて、王国の継承権争いを調停するという展開を、作者の皆様は最初から想定していたでしょうか。きっとそうではなかったはずと思います。
「なんだよ、行き当たりばったりかよ」とポーに怒られるかもしれませんが、しかしこうしたつくり方でこそ到達する面白さもある。その瞬間、その瞬間の面白さを追いかけて、最後には作者すら思ってもみなかったような展開になるのですから、うまく行けば、ドライブ感に満ちた、それは面白い物語が生まれることでしょう。
もちろんこうしたつくり方にもデメリットはあって、一言で言えば「ものすごく大変」です。とにかく書きだしたのはいいけれども、主人公たちをとんでもない状況に放り込んだとする。しかしその後に解決できなかったらどうするか。より面白い展開を発想できればいいですが、もしダメだったら。「大風呂敷を広げたけど、回収できませんでした」という事態に陥ることになります。
また物語がはじまる時点での「推進力」も重要です。連載漫画でいうならば、そのキャラクターが魅力的であることが死命をわかつことになるでしょう。キャラが魅力的であるからこそ、話も展開していくわけです。

そこで『やぶへび』なのですが、この物語の推進力もさすがです。主人公の甲賀は40歳の元警察官。カネもなければオンナもいないという、寂しい状況の男。彼はお金のために、顔も見たこともない中国人女性と偽装結婚していたのですが、「そこに奥さんを保護した」という連絡が警察から入る。甲賀にしてみるとまったくの他人なのですが、連絡の手前、対応しない訳にはいかない。しかし病院に行ってみると、その「妻」という女性は記憶を失っていた。しかも危険な組織に追われているらしい。彼女はいったい何者なのか。「夫」として事件に巻き込まれてしまった甲賀の運命は。
どうですか。ぜひ読んでみたくなるでしょう? またこの甲賀が、だらしないけれども、どうしようもなく人がいいところがあって、そこもグッときます。
「明日は昼まで寝てられるので、今晩は面白い小説を一気読みしたいなあ」という夜に、満を持してお勧めします。

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レビュアー

堀田純司

作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に“中年の青春小説”『オッサンフォー』、現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。

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