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現実は時に人間から言葉を失わせてしまう。だからこそ語り継ぐことが大切なのだ

津波と原発
(著:佐野眞一)
2014.09.18
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「誤解を恐れずに言えば、大津波は人の気持ちを高揚させ、饒舌にさせる。これに対して、放射能は人の気持ちを萎えさせ、無口にさせる。それが福島の被害者が三陸の被災者のような物語をもてない理由のようにも思われた。放射能被曝の本当の恐ろしさとは、内面まで汚染して、人をまったく別人のように変えてしまうものなのかもしれない」
この佐野さんの言葉を裏づけるように、この本は、無口にさせる放射能を追った部分が全体の3分の2以上を占めています。それは事故に直面した人々の心の重みをあらわしているのだとおもいます。

佐野さんはこの事故の全体像をとらえるために二つの方法をとったのではないかと思います。ひとつは佐野さん自身が書いているように「ロードムービーのように歩きながらルポした」方法です。これは現在(この文庫版が出版された時)の佐野さんの危機感をあらわしています。それは
「日本人のひとりひとりが、あの福島第一原発事故にまだしっかりと向き合っていないからだろう。あれだけの事故に遭いながら、日本人は早くも三年で「三・一一」から眼を背け、事故は「なかった」ことにしようとしている」
という実感です。その雰囲気に佐野さんは戦前日本の「空気」に通じるものを見ています。「戦争の実態」が伝わってこない“大本営”発表という“大文字”に回収されてはならない。そのためには“小文字”としてルポを書き続けなければならないと考えた、佐野さんが選んだ方法がこの「ロードムービー」というものでした。

そのムービーに映った光景は、たとえば
「人影が絶えた街(双葉町)がこんなに冷え冷えとしたものだとは思わなかった。電柱という電柱に「地域とともに東北電力」と書かれた看板がかかっているのも、皮肉だった。この街の信号は、東北電力の電力によってまかなわれているため、停電を免れた。事故を起こした福島第一原発は、その東北電力の管内にあって、そこで生産されたすべての電力をひたすら東京のために送りつづけてきたのである。それを思うと、この町の悲しさが急に胸にせまってきた」
というものでした。言葉少なに語る登場人物たち、その背景に広がるどこか現実感を喪失した風景、佐野さんの見たものはそういう世界でした。

そして、人々から言葉を失わせたものの〈正体〉を追って、佐野さんは原発の過去(歴史)を探ります。二つめの方法です。そこに見出されたのは、権力にとりつかれた男、正力松太郎の姿でした。(正力松太郎については佐野さんは『巨怪伝』で詳細に語っています)この、「ロードムービー」という現在と正力松太郎を中心とした歴史の視点の交差する場所でこの本は書かれています。ここが他の類書(というのには佐野さんは抵抗があるかもしれませんが)と違ったものだと思います。

私たちは現在の危機にあって、思わず歴史を過去のもの、今は問題にする場合じゃないと言う声があがりがちです。そして、その危機が去る(?)と、周りが持ち出すのが過去の体験だということに幾度私たちは直面したことでしょうか。少なくともこの佐野さんの本はそんな無責任ともいえるような言説からは遠いものだのだと思います。

「除染で取り除いた土や放射性物質に汚染された廃棄物を、最終処分をするまでの間、安全に管理・保管するための施設」を「福島県で発生した、除染で取り除いた土や放射性物質に汚染された廃棄物を、最終処分するまでの間、安全に集中的に管理・保管するための中間貯蔵施設を福島県内に設置することとしています」(環境省HP)にないのは佐野さんがとった「ロードムービー」の視点ではないでしょうか。

「良くも悪くも時代の空気は、人の彫塑可能な柔らかい部分に潜り込み、棲みついてしまう。悪い時代に育ち、生きた者たちはそのことを心し、「日本を取り戻す」という美辞麗句で国民市民をまたあのような時代に引きずり込もうとする不埒不逞な政治家や官僚の警戒を解いてはいけない。まして、のさばらせてはいけない。奴らが大震災や収束不能の原発事故に傷つき、弱った民心に付け込もうとしているのは間違いなく、甘言麗句に騙されないためには、常にこの本のような良書に学び、心の武装化を怠らないようにしよう」
という解説文を書いた菅原文太さんの言葉も心に残ります。(この解説文は心情あふれる素晴らしいものです)
福島原発事故は、そして「三・一一」は戦後日本の陥穽を私たちの前に明らかにしているように思えてなりません。(第一部の「ロードムービー」は第二部の「原発街道を往く」とは違った味わいあふれるものでした)

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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