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「いまの日本社会は、比較的明るいのですが、これは滅びの姿ではないかと思うのです」

真贋
(著:吉本隆明)
2014.03.31
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どこをとっても吉本さん人間のぬくもりと大きさを感じさせる一冊です。吉本さんは戦後最大の思想家といわれる人の本だから当たり前だと言うかもしれませんが、吉本さんが考えたことが素晴らしいということではなく(もちろん素晴らしいのですが)、考えている姿が、そこで吉本さんが語っているということ自体がそう感じさせるのです。この一冊があればきっと身体の心底からぬくもりが湧き上がってどんなに寒い夜(時代)でも過ごせるに違いない。そう思わせる言葉だけでできている一冊です。

「どうでもよさそうなものから考えてみる」
と言いながらもここで語られていることはひとつも聞き逃すことができません。生き方の原則、文学批評の原則、人との接し方の原則など人間の生の原則をこれほどの優しさと自己への厳しさを持って語られているものはそうはないでしょう。吉本さんの思想はほかの代表作で知ることはできますが、吉本さんの人間(倫理観)を知るには最適な一冊だと思います。タイトル通り本物と贋物の違いを生涯追求していた吉本さんの真骨頂がうかがえるものだと思います。

この本を何気なくパッと開いてみました。すると“目高・手低”という言葉が目に飛び込んできました。眼高手低と同義のようですが、目だけが肥えて云々という原義の幅を越えて、この“目高・手低”にはなにか超情報化社会の私たちのありようをも言っているようにも感じてしまいます。手低はさしずめ情報に振り回され、自分で判断しているつもりでも、実はなにかに判断させられている私たちのことではないかとも思えるのです……。これはもちろん読み手の勝手な解釈かもしれませんが。

でも吉本さんの言葉は、このように読者による自由な解釈をさせてくれるものでもあると思うのです。それだけに最後に語られた
「いま、行き着くところまできたからこそ、人間とは何かということをもっと根源的に考えてみる必要があるのはないかと思うのです」
という吉本さんの言葉を忘れずにいたいと思います。

「明るさは滅びの姿」という吉本さんの好きな太宰治の言葉を引きながら
「いまの日本社会は、比較的明るいのですが、これは滅びの姿ではないかと思うのです」
という冒頭近いところの言葉から語り始めた吉本さんの言葉はどれも極めて重いものだと思います。
はやいもので吉本さんの三回忌が先日行われました……。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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