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「記録ではなく、象徴としてのビートルズ」 を語ろうとしている
現代日本の代表的な精神分析医であり、かつてはフォーク・クルセダーズのベーシストとして、また名作詞家やラジオのDJとして日本の文化シーンに多くの影響を与えた北山修(著者名はひらがなで、きたやまおさむです)さんのビートルズ論と日本文化論がつまらないわけがありません。
精神分析医の視点からは
「〈初潮音楽〉としての〈ビートルズ〉は、女の子がこれを愛し、そして捨てるところで終わる。(略)しかし男性の〈ビートルズ〉体験は彼女たちのようにこれを捨てて卒業するのではなく今一度〈ビートルズ〉を引き受けられるかどうかの検討を通して、卒業せねばならない」
これが日本でバンドブームを生んだ一因にもなっているというのです。
さらにジョン・レノンにとって小野洋子の存在を分析し
「ヨーコはただの自動人形になりかけていたビートルズから、ジョン自身の人間を回復しようとした」
のだと彼女の存在の重要性を指摘しています。
ミュージシャンとしての北山さんの視点では
「だれもがビートルズになれる──夢見られた〈民主主義〉の実現のためには、方法を手に入れる必要があった。唄は坂本九と橋幸夫から学んでいた。ギターはP・P・Mに教えてもらった。電気操作はベンチャーズの真似で身についた。後は、どんな仲間とどんな「お題目」を、つまりどんなメッセージを歌えばいいのかだった」
と、その時代の日本の若者が夢見ていたことを、その場の空気を感じていた当事者だけにリアルにそして若者の心の内をビビッドに語っています。北山さんの体験に基づいた話はとても興味深く、うなずけるところが多いと思います。
でも、この本の醍醐味はその二つの視点をもとにして60年代から70年代にかけての文化現象の分析にあると思います。それこそが北山さんにしかできないことなのです。たとえば、ビートルズのLPジャケットを見てもらえると分かるように、メンバーはいつも平等に扱われ、誰でもが同等の価値を持っているということを表しているというのです。つまりそのようなLPジャケットやインタビューで横一列にならんでいるビートルズの姿は、若者が求めていた「〈愛〉の均等配分を実践」していたのです。
そのビートルズの姿勢やエネルギーは世界になにをもたらしたのでしょうか。アメリカでは、ケネディ大統領暗殺の直後に上陸したビートルズは、あたかもケネディの欠落の穴を埋めるように若者たちの希望の星として受け入れられていきました。
日本でも60年代・70年代にはフォークからロックまで幅広いものが文化(音楽)的ないわばカオスのようなものとして存在していました。その日本の若者文化に与えたビートルズの大きな影響をくっきりと浮かび上がらせています。
北山さんが作詞した曲にならっていえば、“戦争を知らない子供たち”である彼らが主張していたものはなんだったのでしょうか。それは、時に愛であり自由であり平等というものをいかなる時であっても求め続けようというものでした。けれどそれは夢見られたようにはなりませんでした。北山さんは、それらがどのように変質していったのかまで丁寧に追っていきます。
もちろんこの本はその時代の中に生きた当事者の回想録やドキュメントではありません。北山さんがいうようにビートルズを知らない人たちに
「記録ではなく、象徴としてのビートルズ」
を語ろうとしているのです。
確かにビートルズのようなグループは二度と生まれないかもしれません。でもビートルズの存在というものは、いつも、今の私たちが何者かということを映し出す鏡としてあり続けるのだと北山さんはいっているようにも感じるのです。もちろん文化史としても読めるものではありますが、人間関係論としての読み方もできる、とても中身の濃い一冊だと思います。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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