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ユーミンを書くということに対しての責任感の強さ
『ユーミンの罪』というタイトルを見て、ユーミンを聞いていた世代ならば文章を書くことを生業にしていなくても、「やられたー」と思った人は多かったのではないでしょうか。
実際、この中に書かれていることは、ユーミンを聞いて大人になった人ならば、みんなが感じていたことや、共有体験が非常に多く、読みながら「そうそう! そうなのよ」と膝を打つことばかりです。私自身は、年代が少し違いますが、曲と時代の空気みたいなものは記憶にあるので、やはり膝を打ちました。
出版されてからならば、「こういうの読みたかったよね」と言えても、それまでに出した人がいないということを考えると、実は埋もれていたテーマだとも考えられます。でも、それをテーマとして選びとり、みんなが一番読みたいと思う時期(今、バブル期に興味を持つ人も増えている気がしますし)に、新書としてまとめることが適任な人というのはそうそういません。
もし、このテーマを男性の書き手が過去の膨大な資料をもとに書いていたら、たぶん何か違うものになっていたでしょう。ユーミンを酒井さんが書くということは、大変意味があります。
当時の空気をユーミンと一緒に吸っていた人、ユーミンの歌詞にさほど影響を受けたつもりもなかったのに実はものすごく影響を受けていた人、(酒井さんは「ユーミンに対しては、『いい夢を見させてもらった』という気持ちと、『あんな夢さえ見なければ』という気持ちとが入り混じる感覚を抱く人が多いのではないでしょうか」とも書いているくらいですから)だったからこそ、ここまで説得力があったのです。
しかも、この本のユーミン分析は、1991年の「DOWN PURPLE」でぷっつりと終わっているのです。なぜならば、酒井さんがこのアルバムをもって、ユーミンとの関わり方が変化したからです。その頃にプロの書き手として生きることを決意したのでしょう。
分析だけを目的とした本ならば、酒井さんがユーミンとの関わりを変えた後も、アルバムを聴き、歌詞を分析して、その頃の女性の生き方と照らし合わせながら現在までを書くことも可能です。でも、あえてそれをしなかった、自分の皮膚感覚として書けるところまでしか書かないというところに、私は酒井さんのユーミンを書くということに対しての責任感の強さを見たし、当時、ユーミンを卒業するという社会的な空気が確かにあったのだなとも感じるのでした。
つまり、1991年で終わるということも含めてが、酒井さんのユーミンに対する批評なのだと思うのです。
レビュアー
1972年生まれ。フリーライター。愛媛と東京でのOL生活を経て、アジア系のムックの編集やラジオ「アジアン!プラス」(文化放送)のデイレクター業などに携わる。現在は、日本をはじめ香港、台湾、韓国のエンターテイメント全般や、女性について執筆中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に「女子会2.0」(NHK出版)がある。
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