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連鎖するもうひとつの貧困──習い事や家族旅行は贅沢?「体験ゼロ」の衝撃!

体験格差
(著:今井 悠介)
2024.05.16
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高校卒業時、クラスの有志が記念のスキー旅行を計画してくれた。冬に家族で出かけることがあってもスキーをしたことがなかった私は、バイト代を元手にドキドキしながら参加した。靴やウェアのレンタルはもちろん、その使い方から滑り方に至るまで、何もかもが新鮮だった。経験者のクラスメイトが教えてくれたボーゲンに挑みつつ、「子どもの頃から滑り慣れている」という彼女たちの華麗なパラレルを眺めては、「私があのレベルになるまでどれくらいかかるんだろう」とぼんやり考えた。

本書のタイトルを見て、そんな記憶がよみがえった。著者によれば「体験格差」とは、以下のような事柄を指している。

私たちが暮らす日本社会には、様々なスポーツや文化的な活動、休日の旅行や楽しいアクティビティなど、子どもの成長に大きな影響を与え得る多種多様な「体験」を、「したいと思えば自由にできる(させてもらえる)子どもたち」と、「したいと思ってもできない(させてもらえない)子どもたち」がいる。そこには明らかに大きな「格差」がある。
その格差は、直接的には「生まれ」に、特に親の経済的な状況に関係している。

そう前置きした上で著者は、全三部からなる本書を通じて「体験格差」の今を明らかにしていく。第一部では「お金」や「放課後」、「休日」といったテーマごとに「体験格差」を取り上げ、日本で初めて実施された「子どもの体験格差に特化した全国調査」(2022年10月に実施、2000人以上の保護者が回答したアンケート)を元に、「体験」の実態を解説する。第二部では小学生の子どもをもつ9人の保護者から、家庭ごとに異なる実情を聞き取りながら、それぞれの家庭における「体験」の欠如と、それに対する工夫や努力を浮き彫りにしている。まとめとなる第三部では、「体験格差」を社会問題として捉え、是正に必要な施策を提案するとともに、現実に行われている支援や取り組みも紹介する。

1986年生まれの著者は兵庫県の出身で、小学生の時に阪神・淡路大震災を経験した。学生時代にはNPO法人ブレーンヒューマニティーで、被災した児童や不登校児童の支援に携わる。卒業後はKUMON(公文教育研究会)を経て、東日本大震災を機に「一般社団法人チャンス・フォー・チルドレン」を設立し、代表理事に就任した。現在は公益社団法人となった同団体で、家庭の経済格差による子どもの教育・体験格差を解消することを目指すかたわら、全国子どもの貧困・教育支援団体協議会理事、内閣官房行革推進会議「子供の貧困・シングルペアレンツチーム」専門委員なども務めている。

ちなみに著者たちの活動の中でも、「低所得家庭の子どもたちに対する学校外教育費用の支援」を目的とする「スタディクーポン」の総額は、実に13億円を超えているそうだ。特筆すべきその取り組みは既に一部の自治体にも波及し、公的な資金を用いた支援へとつながってきているという。

重要な分岐点は、この社会で生きる大人たちが、「私の子ども」だけではなく、「すべての子ども」に対して、「体験」の機会を届けようとするかどうかにある。「体験格差」をなくそうという意思を、社会全体として持つかどうかにある。

それぞれの家庭や支援団体でできることには、どうしても限度がある。だからこそ著者の問題提起と取り組みを知り、社会に生きる大人として、私たちは支援する必要があるように思う。子どもたちの未来の可能性は無限でも、そもそも本人が、そして本人を支える大人たちが選択肢を知らなければ、その幅は限られてしまう。まずは現状を知り、未来を考えるために。当人はもとより今こどもを支えている人にも、これから支えていきたいと願う人にも、手に取ってみてほしい。

  • 電子あり
『体験格差』書影
著:今井 悠介

習い事や家族旅行は贅沢?
子どもたちから何が奪われているのか?
この社会で連鎖する「もうひとつの貧困」の実態とは?
日本初の全国調査が明かす「体験ゼロ」の衝撃!

【本書のおもな内容】
●低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」
●小4までは「学習」より「体験」
●体験は贅沢品か? 必需品か?
●「サッカーがしたい」「うちは無理だよね」
●なぜ体験をあきらめなければいけないのか
●人気の水泳と音楽で生じる格差
●近所のお祭りにすら格差がある
●障害児や外国ルーツを持つ家庭が直面する壁
●子どもは親の苦しみを想像する
●体験は想像力と選択肢の幅を広げる

「昨年の夏、あるシングルマザーの方から、こんなお話を聞いた。
息子が突然正座になって、泣きながら「サッカーがしたいです」と言ったんです。
それは、まだ小学生の一人息子が、幼いなりに自分の家庭の状況を理解し、ようやく口にできた願いだった。たった一人で悩んだ末、正座をして、涙を流しながら。私が本書で考えたい「体験格差」というテーマが、この場面に凝縮しているように思える。
(中略)
私たちが暮らす日本社会には、様々なスポーツや文化的な活動、休日の旅行や楽しいアクティビティなど、子どもの成長に大きな影響を与え得る多種多様な「体験」を、「したいと思えば自由にできる(させてもらえる)子どもたち」と、「したいと思ってもできない(させてもらえない)子どもたち」がいる。そこには明らかに大きな「格差」がある。
その格差は、直接的には「生まれ」に、特に親の経済的な状況に関係している。年齢を重ねるにつれ、大人に近づくにつれ、低所得家庭の子どもたちは、してみたいと思ったこと、やってみたいと思ったことを、そのまままっすぐには言えなくなっていく。
私たちは、数多くの子どもたちが直面してきたこうした「体験」の格差について、どれほど真剣に考えてきただろうか。「サッカーがしたいです」と声をしぼり出す子どもたちの姿を、どれくらい想像し、理解し、対策を考え、実行してきただろうか。」――「はじめに」より

レビュアー

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田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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