「高校球児に明日はない」というサブタイトルがあるから、これが高校野球にまつわる作品だと想像できる『シキュウジ』。高校野球×漫画といえば、名門校の三軍がのし上がっていく『名門!第三野球部』や、主人公を立てつつも自チームやライバル校の各選手にスポットを当て、甲子園を目指す日々を丁寧に描き切った『ダイヤのA』など、名作がズラリ。
では本作はいったいどんな高校野球漫画なのでしょうか。1巻時点での結論から言いますと、これは野球漫画というより、球児漫画です。それも、軸となるのはたったふたり。
まずはこの男、佐藤さとる。
高校野球ではしばしば「怪物」と称されるスター選手が登場しますが、この描写は人外かと思わせる凄みがありますね……。
そしてもうひとりは、天城雄大。
夏の甲子園決勝。2試合連続で延長15回引き分けとなり3試合目も延長15回を迎え、二死満塁という場面でマウンドにさとる、打席には雄大という、これ以上ないクライマックス。
ここで物語は6年前にさかのぼります。小学6年生の雄大率いる少年野球チームは、対戦相手を圧倒。
2試合連続の完全試合達成で、チームメイトも大絶賛するなか、雄大はまったく満足していません。
チームメイトもドン引きですが、雄大はいわゆる親子鷹で、父親もプロ野球で名を馳せた人物。父親を崇拝する雄大は、父に自分を認めてもらいたいという一心で野球に打ち込んでいました。
試合終わりでさえトレーニングのためランニングをして帰ろうとする、意識の高い雄大に付き合う人物が1名。
完全試合を食らった対戦相手、佐藤さとるです。この日が、ふたりにとっての運命の出会い。憧れのようなまなざしを向けてくるさとるを鬱陶しいと感じた雄大は、その脚力であっという間にさとるを置き去りにします。
その足で高架下にあるいつもの練習場所に寄った雄大でしたが、さとるもしぶとく追いかけてきました。そしてこんな提案を。
雄大の投げる球を打ち返すことができず、へたり込むさとる。雄大はこの光景に「またかよ」とうんざり。
ところが。多くの野球少年が向けてきた絶望の眼差しとは全く違う表情を、さとるは浮かべていたのです。
それは、興奮、感激、あるいは絶頂――。
一方、帰宅した雄大は父親とバッタリ。今日の試合を観てくれていたことに喜ぶ雄大でしたが、父親からは容赦ない言葉が飛び出します。
認めてもらえない悔しさと落胆を隠せない雄大。同じ頃、あの高架下では……
さとるは、雄大の父が言う「一球に果てるほどのめり込む」男なのでしょうか?
作品序盤では、雄大を「天才」、佐藤を「努力」と評しています。小学生の段階でその才能を開花させている雄大は確かに天才。そしてこの時点では圧倒されながら、後に甲子園優勝投手にまで上り詰めた佐藤は、努力の人、と捉えるのが自然でしょう。
しかし、佐藤の「努力」は、常識の範疇を超えていました。たとえば、雄大が通う高架下に寝泊まりし、彼の投球を観察。さらにスイングも徹底的にトレースする。
ある時、さとるは素振りに集中し過ぎて呼吸を忘れ、気絶してしまいます。これはもう、完全に「努力の天才」と呼んでいいでしょう。努力を努力と思わない人、いますよね。ただただ夢中になって突き詰めていくタイプ。「一所懸命」とか「頑張る」という言葉は不要。こういう人こそ、その道における天才なのかもしれません。
かたや雄大。周囲から天才と呼ばれもてはやされますが、早朝5時、練習のためにセットした目覚ましが鳴り続けても目が覚めず、父親の言葉で慌てて飛び起きます。
父親に「野球(練習)を辛く感じている」と思われたことは雄大にとって大きなショックなのでは。そして父親は残酷にも、雄大が「辛い」と感じているかもしれない練習や努力を、呼吸のようにやり遂げてしまう怪物の存在を示すのです。世の中にはそんな奴らがいるんだ、と。
「そんな奴ら」のひとりに間違いなさそうな、さとる。生まれた時から父と会った記憶がないなかで、母から「父のように優秀な人間であること」という教えを受けて育ってきた彼が行きついたのは――。
あれ? 冒頭で『シキュウジ』は野球漫画ではなく球児漫画だと書きましたが、もしかしたらサイコパスホラー漫画かもしれません……。
若くして才能を花開かせ、人並み以上の鍛錬でその才能を磨き、高校3年生の夏に甲子園決勝の舞台へと進んだ雄大。
「優秀」を追い求め、狂気とも思える常軌を逸した努力で甲子園3季連続優勝投手となったさとる。
このふたりの死闘が幕を開けた第1巻。汗と青春、友情に涙。そんな爽やかな高校野球は、ここにはありません。18.44mを挟んで繰り広げられる“殺し合い”のようなヒリヒリした球児の闘いを描いた『シキュウジ』、その行く末は――!?
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
twitter:@hoshino2009