法廷遊戯の幕が上がる
第62回メフィスト賞を受賞した五十嵐律人『法廷遊戯』は、法律家の道を志す人々が通うロースクールを舞台に始まる。「法曹の道を目指した三人の若者」「罪と罰」を巡るリーガルミステリーを、束ユムコ先生がコミカライズした。原作者の五十嵐先生は、現役の弁護士。法律や裁判に完璧なリアリティを持つ原作が、束先生の描く魅力的でどこかクールなキャラクターたちによって描かれる。
ここに、法律家を志す三人がいる。一人は弁護士となり、一人は被告人になった。そしてもう一人は、謎を残して命を失った……。
舞台は“法都大ロースクール”。過去5年にわたり、この学校から司法試験の合格者は出ておらず「底辺ロースクール」とも呼ばれている。しかし、そこには飛びぬけて優秀な三人の生徒がいた。主人公の久我清義とその友人の織本美鈴は司法試験に受かると見込まれており、
結城馨は、すでに司法試験に合格しているのに、なぜかこのロースクールにいるという変わり者だ。
三人が被告・弁護人・裁判官役を演じているのは、授業の一環である「模擬法廷」。
底辺校において「優秀なこと」は、ときに嫉妬を集める理由になる。この日も検察官役の賢二は、模擬裁判にかこつけて、苦学生である美鈴の境遇を揶揄することに忙しい。
そんなある日、清義が席を外したわずかなスキに、自習室に清義の過去を暴露するチラシが配られる。
清義が「けやきホーム」という児童養護施設で育ったことを示す写真と、そしてその施設長を、少年がナイフで刺したという新聞記事。そして添えられた天秤のイラスト……。
これはこのロースクールの学生の間で流行っている「無辜ゲーム」が仕掛けられたことを意味する。ゲームを仕掛けられた被害者は、警察や大学に「密告」するか、被害を甘んじて受け「耐え忍ぶ」か、「ゲームを受けて」犯人を特定するかを選ばなくてはならない。
犯人を特定できれば犯人に、無辜の人間に濡れ衣を着せれば告訴したものに、罰が下る。「無辜」とは「罪のないこと」を意味する言葉だ。
実は、施設の写真の中には美鈴の姿もある。清義と美鈴は、友達でも恋人でもないが、お互いがお互いの「影」のような存在だ。自分の名誉はさておき、美鈴が絡んでいる以上、清義に泣き寝入りの選択肢はない。
ここは、底辺ロースクール。異端の天才・馨のもとで、新たな無辜ゲームが開廷される。
黒幕はどこにいる?
裁判ごっこのような「無辜ゲーム」だが、被害者が犯人を指定し、それが審判者の心証と一致すれば犯人が、無実の相手に罪を着せた場合は告訴者が、罰を受ける。しかも、それを裁くのは天才と呼ばれる馨だ。誰かが必ずダメージを受ける胸糞ゲームに見えるが、これが成り立つ底辺ロースクールならではの理由がある。
皆、「制裁」という名の刺激が欲しいのだ。読者にとっても、「無辜ゲーム」という、この物語オリジナルのゲームを通じて、「法廷」という近寄りがたく特殊な空間が身近に感じられ、舞台であるロースクールのいびつな空気が伝わる効果もある。
清義と美鈴の過去を暴く無辜ゲームを仕掛けた犯人はすぐに判明する。しかし、清義にとって、犯人の動機は二の次だ。問題は、なぜ犯人がその事実を知っていたか、また、写真はどこから入手したのか……。黒幕は別にいることを察する清義。そんな中、美鈴の家のドアに、怪文書を結び付けたアイスピックが突き立てられ、
美鈴にも無辜ゲームが仕掛けられた。
そして、「無辜ゲーム」審判である馨の机にも、天秤のチャームが……。
馨にゲームを仕掛けたのは、誰?
誰が、何の目的で?
この1巻の面白さは、主に清義の視点からの事実が語られることにある。情報が断片的で、何が起きつつあるのかまだわからないが、そこが興味をそそる。学内では妬まれがちな三人だが、仕掛けられる無辜ゲームは周到で、「頭のいい人を妬む」者の犯行には見えない。清義でなくとも、「黒幕」の存在を感じるだろう。
清義は「お互いの影」と認識しているようだが、あまり読めない美鈴のキャラもいい。美鈴のためなら迷わず無辜ゲームを受けて立ち、学校を休んだだけで心配して家を訪ねてきた清義に対し、美鈴が見せるのはこのスンとした冷静な顔なのだ。
この態度の温度差は何なんだ……と、気にかかる。
無辜ゲームによって清義の重く切ない過去が暴かれるが、そこには美鈴が大きく関わる。二人は、生きるために罪を犯した過去に抗うように生きている。平凡な家庭や「普通」の環境から外れてしまった人たちの姿が描かれているのも、読みどころの一つだ。
無辜ゲームの謎、冒頭に描かれた殺人の謎、そもそも三人がここにいる理由……。すべてに意味があり、つながっていく展開から目が離せそうにない。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
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