バレエを踊るのは誰?
「やってみたいな」と思ったらそれがベストタイミング。「いまさら遅いかな?」なんて思って生きていくよりも、そっちのほうが絶対に豊かでヘルシーで楽しい。
『会社帰りのパ・ド・ドゥ』の主人公・“小日向瞳”は35歳にして初めてバレエを踊りたいと思った。たしかに日本全土のあちこちにバレエ教室はあるし(うちの近所だけで4つある)、大人向けのクラスもよく見かける。スポーツジムのグループレッスンにもあるし。
そして、大抵のバレエの演目には女性も男性も登場する。ニジンスキー、セルゲイ・ポルーニン、熊川哲也、マチュー・ガニオ。男性のスターダンサーもいっぱいだ。
そう、「バレエ教室」と聞くと、私はつい「白いタイツとぴちっとしたお団子頭の、シャープな体型の女たちが集う空間」とイメージしがちだけど、バレエの門戸は男にだって当然開かれている。
だから、スーツ姿のサラリーマンが仕事帰りにバレエ教室へ通うことだって不思議ではないのだけれど……なんだろう、どんな光景なんだろう。レッスン着は? そもそも振り付けは? 気になる。知りたい!
初心者歓迎! 成人男性クラスあり!
運動不足からの筋力不足に悩んでいた瞳は、ある夜、ダンス教室の明かりに目をとめた。窓には「初心者歓迎!」「成人男性クラスあり!」と張り出されているし、瞳に向かって「こっちへ来い!」と猛烈に誘う人影も見える。で、引くに引けなくなって教室に向かうと、そこはバレエ教室だったのだ。社交ダンスでもヒップホップでもなくバレエ。
ピタピタのタイツ姿の“アラン先生”がお出迎え。わかる、股間に目が行ってしまうよね。本作は「バレエ、マジかよ?」な視点がとてもいい。バレエに初めて出合った人が感じるであろうことを描いていく。
成人男性クラスの生徒さんは3人だけ。男性のバレエ人口は少なそうだけどさすがに少なすぎない? 心配!
やわらかいバレエシューズの感触が新鮮。
あのピタピタタイツにもちゃんと意味があるんだね。
運動不足の中年サラリーマンが直面する現実もチラリ。
バレエは、初めてやると「人体の仕組み的にそれ大丈夫なの?」みたいな要求がパーツ毎に出されてびっくりするんですよ。
全身の筋肉を使って、汗をいっぱいかいて、姿勢もスッキリ整う。大人の習い事としてのバレエ、悪くないかもしれない。
盗撮?
体験レッスンの翌日から瞳はすさまじい筋肉痛に襲われる。で、さっそく心が折れかけるのだが、つなぎとめる存在が現れる。会社の同僚・“桜木さん”だ。瞳は、会社の資料室でバレエと思しきダンスを1人で踊る桜木さんを目撃する。
そこに王子様がみえるような美しい踊り。瞳は思わずスマホで撮影してしまう。で、繰り返し再生しては「素敵だなあ」とウットリ。
もうひたすら憧れてる。憧れって大事だよね。瞳はアラン先生に動画を見せて、桜木さんのダンスが「眠れる森の美女」のラストシーンのグラン・パ・ド・ドゥであることを教わる。
こうして瞳は35歳未経験にしてパ・ド・ドゥを踊りたいと夢見るように。さあ、瞳の楽しいバレエライフが始まる……はずなのだが、彼は桜木さんをがっつり盗撮しているので、そこは大丈夫なんだろうか。いや、全然大丈夫じゃないし、このエピソードから男女混合のダンス教室の難しさも少し垣間見える。
大人バレエの世界
バレエファンは自分がバレエを踊らなくてもポワントや「足の甲を出す」ことを知っている。そして、十数年のブランクののちにカムバックした大人バレリーナの気持ちも、たぶんちょっとわかる。
「ポワントが履けるようになる」って一定のレベルと経験の証拠で、バレリーナが最初にもらえる勲章みたいなもの。
だけど、対する男性バレエダンサーへの解像度はたぶんちょっと低い。『会社帰りのパ・ド・ドゥ』で「そうなんだ!」と初めて知ることがいっぱいあった。
そうなんだね……たしかにポロリに遭遇したことないかも……。
男性ダンサーならではの難しさや特徴がいっぱい。こりゃ難しいわ。でも楽しそう! 読むとつい踊りたくなるマンガだ。「いまさら無理かな」なんて考えるだけ野暮!
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。