裏垢おじさんがインフルエンサーと出会うとき
年の差や立場の垣根を越えた友情は熱い。ギャップがあればあるほど燃える。ヤギとオオカミの友情とか、暗殺アンドロイドと少年の友情とか。
『不動さんの裏垢活動』もギャップや垣根を飛び越えた大変よい友情物語です。
ほがらかに笑う男子高生インフルエンサーの後ろで顔を引きつらせているのは高所恐怖症の43歳のおじさん。場所は渋谷の展望台SHIBUYA SKY(真下に広がるスクランブル交差点がミニチュアのおもちゃに見えるくらい高い場所!)。
顔を出しまくるインフルエンサーと、顔を決して出さない裏垢のおじさんがどうやって仲良くなったのでしょう? 2人の関係はある「炎上」から始まりました。
俺の人生は映えない(でも裏垢はすごい)
出版社の営業部に勤める“不動敬(ふどうけい)”は、代わり映えのしない毎日を送っています。バスと電車を乗り継いで通勤し、夕飯はスーパーの半額のお弁当。住まいは小さなアパート。独身。「俺の人生はとにかく映えない」と不動さん自身は思っています。
でも、彼にだって承認欲求があります。とはいえ日常をSNSにそのまま投稿したところでイイネなんてつかない。でもやっぱり、俺だってイイネがほしい。だから不動さんは……、
はい、こうなります。個人輸入で手に入れた海外の美しいストッキングと新調したハイヒール。でも足から上は帰宅直後のサラリーマンそのもの。このギャップよ!
不動さんは美しく着飾った脚を自撮りし、SNSに投稿しているのです。
インターネットの闇の中で妖(あや)しく輝く美脚アカウント。それが不動さんのもう一つの姿。美脚とイイネのためなら数万円するガーターベルトだって揃えちゃう。不動さんは自分の密(ひそ)かな楽しみを、素性を隠したままSNSで世界に発信し、イイネをつまみに夜な夜な缶ビールを飲んでいます。
ところが、不動さんの裏垢は炎上します。心ない罵声(ばせい)がバンバン届く。おじさんだってショック受けますよ。無害でささやかな楽しみのはずが、なんで?
炎上のきっかけは“良くん”。良くんは、ちまたで超絶大人気のライブ動画配信者。つまりインフルエンサーが抜群の発信力でもって不動さんの美脚裏垢を拡散しちゃったのです。
この良くんの目のキラキラよ。本当に不動さんの脚が好きなんでしょうね。で、良くんの熱狂的なファンが嫉妬して不動さんの裏垢に突撃したというわけです。この炎上が堪えた不動さんは裏垢を休止してしまいます。
やがて不動さんは「直接謝りたい」という良くんからの真摯なDMを受け取ります。誠実で感心するけれど、直接会ったら俺の正体がおじさんだってバレちゃう。
でも大炎上でヤケクソになった不動さんは良くんに渋谷でパンケーキを奢(おご)ってもらうことに。
ぬうっと物陰からインフルエンサーを見つめる裏垢の主。さあ、憧れの美脚アカウント“敬さん”の真の姿(43歳の出版社勤務男性)を見た良くんの第一声は!
相変わらず目がキラキラ!
君は俺があんな格好してて引かないのか?
良くんは約束通り不動さんを渋谷の人気パンケーキ店に案内します。ここでの会話は不動さんにとって予想もしないものでした。
43歳のサラリーマンの俺が、女性のストッキングとヒールを履いても、彼は引かない。むしろ「いいなー」と言う。良くんが唯一心配していたことは、炎上をきっかけに不動さんが美脚アカウントをやめてしまうことだけ。
不動さんの密かな喜びに対してこんなに軽やかにYESを言える相手、すごくいいな。不動さんがなんとなく抱えていた後ろめたさも拭い去ってくれます。
このパンケーキ会談以降、不動さんと良くんは東京の映えるグルメスポットを2人で巡るように。おじさん1人じゃなかなか入れない可愛いお店に良くんが同行するというのです。ヤンニョムチキンとかね。
映えグルメや記念撮影は若い女の子たちだけのものじゃない。『不動さんの裏垢活動』は垣根をサラッと取り払うマンガです。
で、ちょっとでも不動さんが「やっぱり俺はおじさんだし」って遠慮すると……?
大勢のファンが見守る生配信中に「つまんなーい」と自分の感情をフルオープンさせる良くん。令和だなあ。ほがらかでいい関係。ずっと見守りたい。
炎上もそろそろ落ち着いたことだし、不動さんは裏垢活動を再開させることに。良くんと楽しく巡る映えグルメの写真もアップしてみたら!
熱狂的なファンはささいな気配も見逃しません。SNSあるある……!!! 不動さん、再び良くんがらみで燃えさかる炎に突入してしまうのか?
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。