ダイヤモンドじゃない自分
成長するにしたがって自分で選べることは増えていく。それでこそ我が人生!って感じだし、生きる喜びだと思うのだけど、喜ぶのと同じ分量くらいは「自分が本当にやりたいことを選びましょう」なんて気安く言ってくれるなと思っていた。成長するにしたがって「やりたいこと」と「できないこと」の区別もつきはじめていたからだ。
『ブレス』の“宇田川アイア”も「やりたいこと」と「できないこと」に悩む高校生だ。
アイアは自分が傷つくことをきちんと予感している。
そして自分がダイヤじゃないと悟るのをとても恐れている。『ブレス』は、二の足を踏む人たちの胸の内を鮮やかにあらわす青春マンガだ。二の足を踏む人たちが前へ進む瞬間の、あの痛いくらいの怖さとまぶしさに泣きそうになる。
彼はどんなダイヤに憧れているのか。
趣味程度に楽しめればいい? 才能がないから? そう、こんなの嘘っぱち。アイアの夢はプロのメイクアップアーティストだ。
モデルだけで充分すごいよ!
たぶん、アイアを見た人はみんな(読者もアイアのクラスメイトも)「キレイだなあ」と思うはずだ。全ページ容姿端麗。この恵まれた容姿は、アイアの夢を少しも助けてくれない。
アイアはモデルとして活動しながらメイクアーティストを夢見ていたけれど、彼に求められていた仕事は、あくまでモデル。誰もアイアにメイクのことなんて期待していない。SNSでメイクの投稿をしても……、
「アイアくんはモデルだけで充分すごいよ!」のあとのイラッとする絵文字! 絶妙だ。
が、本音はさておき、周りから期待されている自分を演じたほうが楽かも……? だからアイアはみんなから推薦された学園祭のモデルだって、別にうれしくもなんともないけど、ハイハイってこなすつもりでいた。
この人僕と同じだ
そんなアイアと対になる存在がクラスメイトの“炭崎純”だ。いつも困り顔の炭崎さんは、見るからにおとなしそうで、おとなしそうだから学園祭で誰もやりたがらなかったスタイリスト役を押しつけられていた。
押しつけられた者同士で学園祭の打ち合わせを始めるも、ここでお互いの本当の姿がポロポロ出てくるのだ。もうダダ漏れ。
アイアが日頃愛用しているのはジップロックメイクポーチ! 軽くて便利だよね。『ブレス』に出てくる小物たちがとても好きだ。あの失礼な絵文字や、アイアが書き留めるメモのひとつまでていねい。
メイク道具を肌身離さず持ち歩いてるなんて、やっぱりアイアはメイクが大好きなんだろうな。なにより上手。炭崎さんだって感動してる。
では炭崎さんが本当にやりたいことは?
モデルだ。炭崎さんのウオーキングの美しさはアイアの「なんだこの人?」って表情からもよくわかる。なのになんで学園祭のモデルに立候補しなかったの?
アイアと一緒。この2人は、お互いの本当の姿に気づき、しかもそれが秀でていることも見いだしている。
炭崎さんとアイアは自分たちが本当にやりたいことを選んで学園祭に挑む。
やりたいことを隠してきた2人がお互いのメイクの力とモデルの力を信じて勝負に出るのだ。泣ける。
ゾクゾクする。どうしてこの作品が『ブレス(BLESS)』という名前なのかがだんだんわかってくる。アイアと炭崎さんは、互いの自分らしさを祝福し、後押しするのだ。
そんな2人が学園祭のランウェイでスポットライトを一度だけ浴びて終わり……のはずがない。
周りから期待されなくてもどうしてやってしまうこと
「夢に向かって歩き始める決心がついてよかったね!」の先も本作は描く。
いまさら始めたって遅いかな? プロとしてやっていける? もう不安大爆発。冒頭でアイアが言っていた「試金石」を思い出してほしい。全力でぶつかったって派手に失敗することもある。それに対する炭崎さんのアンサーがこちら。
期待されなくても、才能がなくても、やりたいことはやりたい。あがけるだけあがいて、傷ついた自分もちゃんと見つめたい。強い。彼女をこんな熱い女の子に変えたのはアイアだ。
メイクで炭崎さんのありのままの魅力を引き出すアイア。そしてアイアに施されたメイクで顔を上げてランウェイを歩く炭崎さん。たくさん見たい。ぜったい生き残ってほしい
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。