BLの第一人者で、『スモールワールズ』が直木賞候補にもなった一穂(いちほ)ミチ先生の原作と、男性同士の恋愛を日常的な視点で描くことに定評があるymz(ヤマズ)先生の漫画が、見事にマッチしていている『ブルーモーメント』。
やっぱりBLはこうあって欲しい!!という情緒あふれる世界観に、冒頭からどっぷりと浸ってしまいました。
多田響(ただひびき・30歳)が、ひとりで切り盛りしているバー「ブルーモーメント」。
コロナ禍で誰もいない店にやって来たのは、以前からの客である観月尚人(みづきなおひと・28歳)なのですが……、
マスクのせいで表情が読み取れないなど、私たちにとっては忌々(いまいま)しいだけのマスクをこんな小道具として使うなんて、さすがです!!
翌日も店にやって来て、ひとりでも美味しそうに食べる尚人に心が和(なご)んだ響は、「よかったらLINE交換する?」と言います。予約はやっていないけど、連絡をくれたら席を用意するからと。
なんてスマートなLINE交換なの! どっちが先に好きになって、どっちが仕掛けていくの? と、はやる気持ちを見透かされたかのようにお話はゆっくりと進みます。
でも、これがいいのです。細やかな心の動きを味わいつつ、自分が過ごしてきた2年半をこのお話と重ね合わせていけるので。
響には、日比谷征司(ひびやせいじ)という付き合って5年になる年上の恋人がいます。彼は「ブルーモーメント」のオーナーでもあり、大変なときに助けてくれた恩人。
響の方から好きになり、自然な流れで付き合いだしたのに、響はいつも連絡を待つばかり。忙しい征司の邪魔をしたくないと、相手のことを思うあまり自分の気持ちを押し殺してしまうのです。
「人と会話したいとか、人に会いたいとか思う方じゃないんだけど」
あの頃は、見えないものに対する漠然とした不安を抱え、こんなふうに感じていた人も多いはず。
だからこそ、尚人みたいな素直で無邪気なタイプに心が救われ、気になる存在になっていったのも無理はないなと。
ところが尚人もグイグイいかずに、ちょっとずつ言葉の爆弾!?を落としていくのです(笑)。お店での出来事を話しているときも……、
尚人の部屋で、映画を見ながらついつい寝入ってしまった響に対し、笑顔でさらりとド直球を投げ込む尚人。
さらに、突然好きな人の恋人とハチ合わせしてしまったら、普通は意識してぎこちなくなるのに、尚人の場合はやはり無邪気。
この直後、響にしかわからない爆弾を投下して笑顔で帰るあたり、尚人やるなぁと思ってしまいました(笑)。
尚人のことが気になる響ですが、いつも優しくて大人な征司との関係も、うまくいっていないわけじゃない。だけど、芽生えた思いも嘘じゃない。
この不確かで曖昧な感情や戸惑いを繊細に描いているので、その空気感がとても心地よく、思わずのめり込んでしまいます。
結局、3人の関係は落ち着くところに落ち着いて結末を迎えるのですが、その先の出来事を2人の先生がそれぞれ描いていて、これがまたもの凄くいいのです!!
ymz先生は、「ちょっと未来のはなし」として、本編にはなかった尚人と征司の2人きりのシーンが出てくる描き下ろし漫画を。
一穂ミチ先生は、『ブルーモーメント』の続きである「ホワイトモーメント」という短編小説と、『ブルーモーメント』の原点である絵コンテが見られ、なんとも贅沢!!
そしてどちらの作品も、思わず笑みがこぼれます。
青い時間なんか すぐ終わる
この作品は、いまだかつて人類が経験したことがない日々を過ごしている私たちに「ずっと続くわけじゃないよ」とエールを送り、“こんなことがなければ”ではなく、“こんなことがあったからこそ” を教えてくれる作品だと思いました。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp