小説が原作のマンガを読む楽しみは、登場人物や場所がどんな絵になっているのか、原作通りかアレンジされているのかを比べられることですが、この『魔王の帰還』が凄いのは、原作者が書き下ろした小説の続きが見られるところ!!
小説を先に読んだ人でも、ここでしか見られない新たな結末にきっと感動することでしょう。
直木賞候補となった一穂(いちほ)ミチさんの小説『スモールワールズ』。
6つの短編の中の1つ『魔王の帰還』は、嫁ぎ先から突然出戻ってきた姉と、暴力事件を起こしたけれど本当は優しくて奥手の弟の話です。
森山鉄二は、野球の強豪校で寮生活をしながら甲子園を目指していましたが、どうしても耐えられないことがあり、仲間のために暴力事件を起こしてしまいます。
転校した高校では、金髪にピアスというヤンキー風の見た目もあり、教師すら遠巻きにするほど浮いていました。
そこへ、弁当を届けに来たのが姉の“魔王”。
「リアル巨人」とクラスメイトがざわつくほど、魔王の風貌は規格外でした。
身長188センチでトラックの運転手。どでかいペットボトル入りの焼酎を飲み、家族で1人だけ岡山弁を話す魔王。
小説を読む前は、怖い姉だから「魔王」なのかと思っていたのですが、実は名前も「真央(まお)」。
鉄二の「なんで離婚すんの」という問いに、「あのウジウジした小さい男と暮らすのは飽いたんよ」と答える魔王。
一体、どんな旦那さんなのかと言うと……、
旦那さんの名前は、轟勇(とどろきいさむ)。だから「魔王と勇者」。
この2人の様子を小説では、「んー……ひと言で言うと、作画が違うって感じ」という鉄二のセリフで表現されていたのですが、その“作画”が見られるのもマンガならではの醍醐味です!!
見た目の違いはあれど、微笑ましい2人の姿を知っているだけに、魔王の愛想を尽かしたような口ぶりに違和感を覚える鉄二。
実はこのお話は、魔王の離婚問題に絡めて「金魚すくい選手権大会」も描かれています。
魔王と近所を散策していた鉄二は、同級生の住谷菜々子(すみたにななこ)が店番をしている駄菓子屋の前を通りかかります。
その時、菜々子に万引きを咎められた男の子が「やりまーん」と叫ぶのを聞いた魔王は……、
ここは1番好きなシーンです。魔王の人間性がよく表れていて、菜々子の切り返しもお見事!! 噂が原因で学校でも孤立していた鉄二と菜々子が初めて会話し、少しずつ近づく瞬間でもあります。
そんな2人に、「金魚すくい選手権」のポスターを目にした魔王が、「出るぞ! 鉄二。目指すは優勝じゃ」と叫び、大会出場が強制的に決定します。
それは、心で負けてばかりいた3人にとって、「何かひとつでもいいから勝ちたい」という心の表れでもあったのです。
優勝を目指し、菜々子の店で金魚すくいの特訓を受ける魔王と鉄二。
そんな時、魔王が実家に戻って来た本当の理由を知る鉄二と菜々子。
なかなか離婚に踏み切れない魔王の揺れ動く心と、金魚すくい選手権がクライマックスを盛り上げ、最後は魔王らしい決断に心が満たされます。
小説はここで終わるのですが、魔王にとっても旦那さんにとっても、ここからが茨(いばら)の道だよな、という思いが過(よぎ)ったのも事実です。
だからこそ、後日談として書き下ろされた「最終話」が、もの凄くいいのです!!
この話はまだまだ続くという希望が感じられ、読み返す度に涙が出てきます。
このお話は、マンガから読むも良し! 小説から読むも良し! ではありますが、できれば両方読むことをオススメします。なぜなら、どちらも十分に満足できる作品だからです。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp