あなたは世界で一番可愛い女の子
「人を見た目で判断してはいけません。容姿を理由にいじわるしてはいけません」は、子どものころに何度も教わる。それこそラジオ体操を繰り返し練習するのと同じくらいの勢いで習った。
だから体に叩き込まれているはずなのに、容姿にまつわる「いやなこと」は笑っちゃうくらい連発する。私たちは何を学んだんだ? ラジオ体操は今でも音楽が鳴ったら即できるのに。
『ブスなんて言わないで』は、私たちは何を学んだんだっけと途方に暮れるマンガだ。「ルッキズム(人を見た目で判断する価値観)」なんて、ダサい。わかってる。常識ですよ。いや、わかってるんだっけ本当に……? とても巧みに迷路の奥へ誘い込まれてしまった。でもこの迷路をさまよう仲間はいっぱいいることも教えてくれる。
主人公の知子は、酷(ひど)いじめを受けて育った。
知子だって最初はこんなくだらないいじめに負けたくなかったけれど、やがて心身ともに限界が来てしまう。
知子のお母さんはとても正しい。「あなたは世界で一番可愛い女の子」は、ものすごく本当のこと(そして本作でずーっと私の頭から離れない言葉)なのに、傷ついた知子には受け入れがたいメッセージだ。お母さんが愛して大切に育てている人の顔を、知子は好きになれないまま大人になってしまう。33歳になった今でも顔を出して生きることが難しい。
ファッション誌の陽気な見出し、美容整形の謳(うた)い文句、そして美しい女たちの写真。全部が知子をえぐる。もう限界。消えてしまいたい。
そして知子はある日「復讐」を決意する。
知子の苦しみに連帯してブリブリ怒りまくる私は、このときなんにもわかっていなかった。
いじめの主犯格が反ルッキズムの活動家に?
知子には忘れられない子がいる。高校で同じクラスにいた“梨花”。
梨花は、見ての通りものすごく美人でド派手な黒ギャルだった。白ギャル軍団のなかで不敵に笑う孤高の黒ギャル。
大人になった知子は梨花と予想外の形で再会する。
黒ギャルじゃなくなってるけど忘れもしない、あの梨花だ。知子の目の前は真っ暗になる。
ルッキズムにNOを言う社会になってきて、知子は少しずつ「ブス」の呪いから自由になれそうだった。なのに、そのムーブメントの真ん中にいたのがあの梨花なのだ。
「ブス」っていじめてた子が、ファッション誌なんかに出ちゃって、どの口でそれを言ってるの? しかもめちゃくちゃ売れっ子だし! なんかもう相変わらず美人だし!
美人にルッキズムの何がわかる?
積もりに積もった怒りを爆発させた知子は、ナイフを買い、梨花の事務所へ向かう。そして……、
自分の容姿に自信がない人に「自分の容姿に自信を持ちましょう」と呼びかけるのは、もしかして無残なこと? もうひとつ、とてつもなくグロテスクな感情がこのページに刻まれている。「あんたみたいな美人」はルッキズムを語る資格はない? 「私を傷つけたあんた」ではなくて、「あんたみたいな美人」と知子は言うのだ。
人を見た目で判断するのが愚かなことであるなら、知子が梨花にぶつけた「あんたみたいな美人」も等しく愚かな言葉だ。そう、『ブスなんて言わないで』は美人に生まれた梨花の物語でもある。
梨花は自分を殺しに来た知子に対して予想外の提案をする。
梨花、どういうつもり? 私はこのページがとても好きだ。自分に刃物を向けて「あんたみたいな美人」と罵(ののし)った知子を排斥するのではなく、論破するのでもなく、彼女とのあいだに何かを築こうとしている。しかもこの挑むような顔!
受けて立つ知子の怒りも好きだ。少しでも油断するとたちまち「あんたになにがわかる?」「甘いんだよ」と一蹴されるような世界に『ブスなんて言わないで』は飛び込んでいく。
この居心地の悪い空間! 全コマの登場人物に「わかるわかる!」って賛同する自分の座りの悪さが笑えてくる。
なんというか、この世の全員の美醜を連れていく覚悟を感じる作品だ。反ルッキズムの世相が放つ奇妙な息苦しさすら逃がさずに描く。
人を見た目で判断することがダサいなら、いろんな見た目を持って生まれてきた私たちって、どうしようか。答えはないかもしれない。困った。だから私は知子のお母さんが言った「あなたは世界で一番可愛い女の子」をお守りのように胸に忍ばせて物語の続きを待っている。「あなたは世界で一番可愛い」は真実だ。この本の表紙が証明している。なんとも美しい女2人が描かれているからだ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。