「いい女にまた会う口実が欲しいだけ」
好かれたいと思ってしたわけじゃない行動が相手の心をゆさぶることって、きっとあると思います。
『ひかえめに言っても、これは愛』の主人公“天川理沙”が誰かのためにとる行動には、どれも底意がありません。彼女なりの行動規範に沿って出てきたもの。
たとえば、大雨のなか不良同士のケンカで傷だらけのずぶ濡れになった人に出会ったら、理沙はどうするか。
まず傘を差し出します。ここで「あれ?」ってなりませんか。そう、理沙は傘を2本持っているんです。自分の傘は自分で差したまま、折りたたみ傘を差し出してる。つまり誰かを迎えに行く途中? いいえ。
このページは理沙の特殊さをよく表しています。理沙は、傘を余分に持ち歩き、それを見知らぬけが人に「新品なので安心してください」と言って手渡し(たぶん受け取る側が心配する点は新品かどうかじゃないと思うよ!)、メモとペンを取り出して(このスマホ時代にきちんとメモとペンを持ってる!)、救急車を拒む相手のために救急外来の病院の住所をサラサラっと書ける人物(住所は暗記してるし、ここからの距離すら把握してる。Google?)。
そして、こうやって相手の目を真っ直ぐ見つめながらメモを手渡して、そっと手を握れる人。いい表情だな……。
ということで、この数ページで理沙のことをしみじみ好きになるんです。なんだか過剰なくらい準備しているけれど、それを正しいタイミングできちんと使える人なんだな、って。そして、こんなことをしてもらった不良男子がどうなるかといえば……、
やっぱり理沙を大好きになります。そりゃなるわ。なにかにつけては理沙の通う塾の前にバイクで乗り付けて理沙を誘うように。
直球の口説き文句がくすぐったい。「いい女にまた会う口実が欲しいだけ」! 何度聞いても飽きない。
専用のお助け券
理沙は「人生は自力」をモットーとして生きてきました。
だからカバンの中身はこんな感じ。例の折りたたみ傘もありますね。自助が制服を着て歩いているような女の子です。ゆえに、塾の先生に片想いしつつも自分の素直な気持ちを表現することができずにいました。すぐに「大丈夫です!」とか言っちゃいます。
だから、理沙は「がんばってるね」と褒(ほ)められて、勉強もしっかりできちゃうもんだから、やがて「なにも心配いらないね」「一人で大丈夫だね」ってどんどん手のかからない子に。
そんな理沙を唯一放っておかないのが、あのとき助けた不良男子の“大平禅”。禅は、不良たちがしのぎを削る修羅のような男子校に通っています。冒頭で紹介したケンカも校内の揉め事によるもの。
禅は街で理沙を見かけるたびに話しかけますが……、
理沙は大変よそよそしい。(ケチャップがブラウスについても顔色一つ変えず対処する女子高生、かっこいい! 携帯扇風機の応用も素敵)
で、理沙に冷たくされても禅はちっとも引き下がらない。タフ!
助けてくれた恩返しとして理沙専用の「お助け券」までくれちゃう。自分で自分をまったく疑っていない禅の態度がかっこいい。あと、パーカーと学ランっていいですね、美しきヤンキーの着こなし。
そして、禅の言う「必ず助けてやる」は本当なんです。
禅と同じ高校の不良に絡まれて大ピンチになったとき。はやく「お助け券」つかいなよ理沙!
とっさに禅の顔が浮かぶも、出会ったときのボコボコにやられている姿を知っている理沙は彼に頼れない。とことん冷静だな……。
来た! 蹴りの角度がエグい。よかった、ちゃんと強い不良だった。禅は、理沙をありとあらゆる危機から救い出すんです。
失恋したときもそっと傍にいてくれました。(というか、理沙は携帯枕まで持ってるんだね……)
で、理沙は受けた恩はきちんと返すタイプの人間なので、禅に心をひらき始めるときも、こんな問答から入ります。
理沙のピシッと律儀な考え方も、それをぜんぜん否定しない禅もいいな。理沙はすこしずつ変わっていきますが、この変化がまた理沙っぽくていいんですよ。
「助けてね」だけじゃなくて「助けるよ」がセット。専用のお助け券をくれた人に、同じように専用のお助け券を差し出す女の子、めちゃくちゃいい。最初の雨のシーンで私が好きだなあと思った理沙のパーソナリティはそのままに恋がはじまります。
こうやって「一人でできない自分が嫌になる」って正直に言っちゃうところも好き。それに「大丈夫です!」ってもう言ってないんですよね。ひかえめだけど確実に恋が育っていく生々しさと優しさがじわーっとしみるマンガです。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。