石川啄木といえば、『一握(いちあく)の砂』に収められた「はたらけどはたらけど猶(なお)わが生活(くらし)楽にならざりぢつと手を見る」の短歌が有名ですが、本人はあちらこちらに借金をしまくり、挙句(あげく)の果てに踏み倒すとんでもない人間だったということも聞いたことがあるのではないでしょうか。
一方、金田一京助はアイヌ語研究の創始者で、言語学・民族学の研究者。私はむしろ、国語辞典の表紙に書かれていた名前の方が馴染(なじ)みがありますが。
2人は盛岡の出身で非常に親しかったことは、よく知られています。そうしたバックボーンに実在する地名や建物、明治時代の風俗などが混ざり合い、摩訶不思議な世界に連れて行ってくれるのが『啄木鳥探偵處』です。
中学の教師をしている金田一京助の下宿に世話になっている無職の石川啄木。
新聞記者である野村胡堂(のちの『銭形平次』の著者)は、お人好しの京助を心配するのですが……。
啄木の文学に対する才能を信じる京助は、同郷のよしみを通り越して、保護者のように啄木の面倒を見ます。
しかし、「歌はお金になりません。小説もお呼びぢゃないようだし」と言う啄木は、下宿代を調達するため「十二階の幽霊」の真相を新聞記事に書くことになり、京助と共に浅草を訪れます。
当時、浅草公園には「凌雲閣(りょううんかく)」という12階建ての展望塔がありました。凌雲閣は国内1の高さを誇るレンガ造りで、初めてエレベーターが設置されたモダンな建物でしたが、階下は「待合(まちあい)」と言って今でいうところのラブホテルがあったそうです。
凌雲閣は関東大震災で半壊したため、後に解体されました。
どこか猥雑で独特な雰囲気が残る浅草が好きで、私は何度も浅草に遊びに行っているのに、この凌雲閣は知りませんでした。今となっては想像するしかありませんが、実在した建物や当時の風物が出てきて、話がグッと身近に感じられます。
啄木と京助が浅草で聞き込みをしている最中、刃物で滅多刺しにされた男の死体が待合で発見されます。
「あの男は十二階の幽霊に殺されたんです!」と言う啄木。
今度は、浅草で3代続く菓子屋に京助と出向きます。
ひと月ほど前に亡くなった菓子屋の一人娘・咲綺子(さきこ)が、「十二階の幽霊」に似ているという噂が出回っていたからです。
今回は、下宿の女中である加世も加わり、菓子屋でひと芝居。
加世の名演のお陰で自宅に入ることができた3人ですが、啄木は加世から下働きの“下男”扱いされるところが笑えます。
そしていよいよ、ここから探偵たちの謎解きが始まります。
「十二階の幽霊」は、なぜ晴れた夜の決まった時間にしか現れないのか?
亡くなった咲綺子は、なぜひと月以上も部屋に籠り、その後、川で死んだのか?
新聞に何度も載った「十二階の幽霊」の記事と、咲綺子の部屋に額縁に入れて飾られていた菓子屋の新聞記事。
犬小屋にあった、血のついた咲綺子の着物。
咲綺子の部屋の枯れた鳳仙花の鉢植えと安物の指輪。
そして、待合で滅多刺しにされた男……。
一見、何も関係がなさそうな事柄が、啄木と京助の推理によって、1つの悲しい出来事として浮かび上がります。
ただし、この話は犯人を捕まえたり、事件を解決するものではありません。警察に依頼されたわけではないのですから。
あくまでも啄木と京助が、事件の真相を突き止めるという形をとっています。
だからこそ、この時代ならではの情緒と悲哀が感じられる話となっているのです。
さてさて、次はどんな事件に挑むのか、啄木と京助の謎解きを期待したいと思います。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp