その場にいないとわからないこと
スマホやゲーム機の性能が上がっても「におい」や「重さ」や「質感」はまだわからない。その場に身を置いてやっと感じるリアリティは沢山ある。
『オペ看』の舞台は病院の手術室。私がめいっぱい想像しても追いつけないリアルが待っていた。
たとえば「切断された脚を抱える」って、どんなことなのか?
低反発枕のような感触。なのに重い。重たい低反発枕って想像つきます?
ここで私の肌も粟立つ。「下っているエスカレーターを上っているような違和感」の奇妙さはよくわかる。生々しい。
『オペ看』は、実際に手術室で働いてきた看護師である人間まおさんが原作の医療マンガ。だからこれは「実際にその場にいたひと」による物語なのだ。
「手術室のドアって足で開けるんだ」と私も読みながら思った。ひとつひとつのリアルさが楽しい。
手術室看護師、通称“オペ看”
主人公の“林あきこ”は都内の総合病院に勤める新人看護師。
彼女の持ち場は手術室。ほら、よく執刀医の横に立ってサッとメスを渡す人いますよね、あきこの仕事はあれです。名前は手術室看護師、通称“オペ看”。手術室でオペ看がテキパキと働く光景はドラマやドキュメンタリーで見たことがあるはず。かっこいい。で、あきこも私と同じイメージで手術室に足を踏み入れ……、
いきなり「アンプタ」と呼ばれる四肢切断術に立ち会うことに。わかる、絶対同じように「なああああああ」って叫ぶわ。
吐きそうなあきこをよそに、轟音の中めちゃくちゃ無表情な執刀医とオペ看。この時なんと骨を切ってます! いや、のけぞってちゃ仕事にならないし、もしも私がこの患者さんだったら……と考えると、看護師や医者にゲロ吐かれたらイヤだもんなあ。プロってすごい。
この現場で、あきこは先輩看護師から「検体(切断した脚)を受け取り、検体箱に入れなさい」と指示が出てしまう。ただの見学だと思ってたのに! ここで、冒頭に紹介した名言「下っているエスカレーターを上っているような違和感」があきこの口から出るのだ。
ついさっきまで患者さんの体の一部だった大切な脚だから、落とすなんてご法度。ほんの数メートル先にある検体箱が遠い。慣れない現場で先輩看護師に謎の圧をかけられ、実習やドラマなんかと全然ちがう現場でクラクラしながらあきこが思うことは……?
未来のイケメンハイスペック彼氏(=医者)! 林あきこ22歳、彼女がオペ看を志望した理由のひとつは「イケメンドクターと触れ合う機会が多そうだから」だ。やっぱそうだよね⁉ これもちょっとわかるよ!
イケメンドクターとの仕事中に想像するのは自分の薔薇色の未来……! わかる!
『オペ看』のリアリティと魅力の源は、あきこの人間くさーい欲望とド直球な感想にある。ことあるごとに「わかる~」と言ってしまうのだ。
この場面、大好きだ。新人オペ看・あきこの語彙が楽しい。
人生を救う
真面目なのにちょいちょい笑ってしまう医療マンガ『オペ看』の美しさについても紹介したい。事故で右手の指がすべて切断された患者さんに対する「切断指の接合術」の回だ。指は細い。だからマイクロ顕微鏡を使って骨、神経、血管、腱、すべてを繋げる。
使用する針だって鼻息で飛んでしまうような小さな小さなもの。(震えるほど緊張してるのに、それはそれと言わんばかりにイケメンドクターにときめくあきこ! 大物!)
取り乱さずミスなく仕事をおこなって、患者さんの人生を守る。ここでページをめくる手が止まった。新型コロナウイルス感染症が広まるにつれ「医療従事者のみなさんに敬意と感謝を」という言葉を繰り返し耳にするようになった。世界中の人があんなに唱えているのに、私はあれを一度も口に出せていない。家にこもってスマホを見ているだけの、実際にその現場を見てもいない私が、いったい何を言えるんだろうかと口ごもってしまうのだ。
血管がつながったかどうかを確かめるのはこうやるんだ。「ちゃんと繋がっててくれよ」という言葉になんだか涙が出る。祈りたくなる。そうか、「医療従事者のみなさんに敬意と感謝を」って、こういうことなのかもしれない。(あきこもイケメンドクターの言葉を聞いて我が身を振り返り中)
と思ったら、反省したばっかのあきこは再びときめき始めるし、さっきまであんなにかっこよかった執刀医の動きも怪しい! このあと何が始まるかはお楽しみに。やっぱ『オペ看』って笑っちゃう医療マンガだ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。