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2020.09.12

レビュー

家族がヤバすぎ! クラスで一番人気の男子に告白された地味少女が喜べない理由

「こんな恐ろしい家に君は居ちゃいけない」

中学生が「親が厳しい」「こんな家はやく出て行きたい」と家を呪うことも、血の濃さにうんざりすることも、ささいなゴミでもいいから好きな人にゆかりのあるものを手元に置きたいと願うことも、ごく自然なことだ。『ときめきのいけにえ』はそんな心のゆらぎを丁寧にあぶり出す。主人公の少女"神業寺マリ"に寄り添いながら読める作品だ。同時に、マリと同じように「マリの家」と「マリの家族」にゲッとなる。



マリの“お父様”のヒゲ、髪型、スタンドカラーのシャツ、そして呪文のような言葉。ここまで揃うといい感じにホラー。コテコテだ。



ああやっぱりホラーだった。マリの暮らす大きなお屋敷はクラスで「呪いの館」と噂されているが、実情はもっとおぞましく血生臭い。後ろでニコニコとランプを持っているのは家政婦の“安田さん”。



そう、「こんな恐ろしい家に君は居ちゃいけない」のだ。こんなふうにマリを連れ出してくれる存在がいてほしい。でも……?

これはラブコメ? それともホラー?

マリは中学生。マンガ家になりたい少女だ。



同じ趣味(マンガ)の友達と3人で教室の隅にひっそり集まる感じの、つまり大人しくて目立たない女の子だ。

この物語の時代設定は1980年代後半から1990年前半くらいだと思う。ファミコンとノストラダムスの大予言が流行っていた頃の話だ。



ファミコンで陽気に遊ぶ男の子たちと、なんとなく来てしまいそうな終末。この奇妙なコントラストは本作の魅力とよく似ている。

たとえばマリたち3人組は教室では目立たないけれど、3人だけでいるときは陽気だ。そして、マリが抱える陰鬱さとマリの恋も非常に強い明暗で描かれている。ラブコメとホラーが縫い目なく切り替わるのだ。

マリは、クラスで一番人気の男の子“花水木シゲル”くんに告白される。マリの仲良しの友達曰く「抜群のルックスと空っぽの頭を持つ男」だ。



笑う。頭はともかくとして、この綺麗な顔と同じくらい心も澄みきっている。ある日マリは血だらけで倒れる花水木くんを発見し、救急車を呼んで病院まで付き添う。名前も言わず立ち去るマリ。そして……?



このど直球ぶりを見てほしい。名乗らなかったマリが病室に忘れていった少女マンガ“とんでけ? myエンジェル”を「君のだよね」とスッと差し出す感じが優しい。ミラクルだ。

が、マリはこんな明るく全てを受け入れてくれるような恋に飛び込めない。それは「家」がヤバいから。



血の繋がりのみが必要、恋愛感情などいらない。こんなむちゃくちゃ閉鎖的な「家訓」をお父様はマリに叩き込む。なんで?



マリの家“神業家”は代々「神」に奉仕し、「血の儀式」を通して世界の平和を守っているのだという。神業家の強烈な閉鎖性と悪意のない凶暴性はカルトのそれらとよく似ている。

嫌で嫌でしょうがない家と、自分のときめき



自宅の地下牢には「血の儀式」の生贄がいる。そして学校の帰り道、好きな男の子とアイスキャンデーを半分こ。このコントラストのどぎつさはマリの心そのままだ。

そして血を分けた弟とマリの対比も面白い。



神業家の血生臭い部分のみをガンガン受け継いでしまった弟。彼のナチュラルな狂気がかわいくて怖い。本作で大活躍しまくる人物の1人だ。

花水木くんにときめき、家族の中で孤立するマリは、はたして「家」や「血族」から離れられるのだろうか?



恋しい花水木くんの交通事故の現場に立ち戻り血痕を撫でるマリ。この危うさがとても好きだ。思い出してほしい、マリが家を出ていくための手段として心血をそそぐマンガ制作を。それはどんな作品だったか? あんなに嫌で嫌でしょうがない「家」と「血族」は本当にマリを手放してくれるのか?

掲載されているのは「少年マガジンR」、少年誌だ。少年誌でホラー的少女マンガの世界が血とギャグと臓物とアイスキャンデーを重ね合わせながら描かれるのは、いま見えているもの以上の何かおどろおどろしいものが飛び出してくる仕掛けに思えてしょうがない。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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