Twitterで遊んでいるときに、誰かの「いいね」からタイムラインに流れてきたのが「レンタルなんもしない人」さんのツイートでした。
レンタルなんもしない人Twitter:https://twitter.com/morimotoshoji
なにもしないって素敵だなぁと思い、なんとなく時々眺めています。
依頼者とのやりとりがTwitterで読めるのですが、同じ世界に生きていて、もしかしたらすぐ近くの私の知っている人は、私の見ていない部分でこういう側面を持って暮らしているのかもしれないなぁと想像させてもらったり、感じさせてもらったりしています。そして、ほんの少しでも、自分も誰か友人のただ側にいるだけでいい、なにもしない人という存在になれたらいいなと願います。
新しい感覚を授けてくれた人
情報がどんどん増える世界。同じ言語で話したり、同じアプリを使っていたり、同じテーブルでご飯を食べたりしているのに、なにひとつ伝わっていない・繋がっていないということがよくあります。
「何を言っているのかサッパリわからない」。この感覚は日に日に増えていきます。言葉の持つ意味があまりにも複雑になり、便利なツールのおかげでコミュニケーションは簡単になったはずなのに、相手はどんどん遠くなるような感覚があります。
変化の早さと情報の多さに、どこへ着地したらよいのか戸惑い、自分の存在や気持ちが彷徨うタンポポの綿毛のように感じることがたまにあります。そんなとき「レンタルなんもしない人」さんのTwitterをみると、ちょっとほっとします。「もう少し彷徨っていてもいいかな」。答えが出せないことへの許しをもらえるようで安心します。新しい感覚でした。
今回取り上げる漫画は、実在する「レンタルなんもしない人」さんの活動や人柄のコミカライズです。この漫画のレビューをする前に、「レンタルなんもしない人」さんを少しご紹介します。
「レンタルなんもしない人」さんはSNSのTwitterで話題の人です。なにをする人かというと、Twitterを使ってなにもしない人(自分)を貸し出しています。(※人を「貸す」と表現するのは失礼ですが、プロフィールにそう書いてあるので、今回はこの表現で書かせていただきます)
「レンタルなんもしない人」さんをレンタルするには交通費と、依頼にかかる諸経費のみで、レンタル料はかかりません。できることは簡単な受け答えのみ。飲食は可能です。受付はTwitterのDM(ダイレクトメッセージ)のみ。
はじめから「レンタルなんもしない人」だったわけではありません。昔は会社勤めをしていたそうです。しかし、人付き合いが苦手で、フリーランスのライターに転身。ただそれもなかなか上手くいかず、現在のスタイルに辿り着きます。
Twitterを見始めて、「レンタル料なしでどうやって暮らしているんだろう?」と不思議でした。ビットコインで得た貯金を崩しながら活動しているとのことです(現在は書籍の印税などもあるかもしれないので、この漫画の発売時期と状況は変わっているかもしれません)。
「レンタルなんもしない人」さんの元には毎日たくさんの依頼がきます。簡単な受け答えで終わるものから、実働して会いに行くもの、いろいろなタイプの依頼があります。依頼者が公開していいという場合は、Twitterでその依頼内容を語ってくれます。
漫画の中ではその数々のエピソードをストーリーにしています。どのお話も短めのショートストーリーになっているので、少しずつ読めます。移動や家でのちょっとした休憩読書にオススメです。
なにもしなくても価値があるし、そこにいるだけでいい
いくつかの好きなエピソードの中から、私のお気に入りをご紹介します。
公園で思いっきりブランコを漕ぎたい男性からの依頼。ひとりだと不審者に見えてしまうため一緒に遊んでほしいというのです。
ふたりでシャボン玉をしながらブランコ遊びをします。依頼者はポツポツと自分の気持ちを語り出します。
子どもはなにもしなくてもいるだけで十分。大人になるとどうしてその感覚がなくなるのだろうと。「レンタルなんもしない人」さんはその言葉に「みんなこうだったらいいのに」と答えます。
なにもしなくても価値がある。いるだけでいい。忙しい日常、生産性を気にする社会だと、どうしてもそこで生きていて良いという感覚が薄くなっていきます。
元気なときはがんばれる、でも元気がないときはちょっと休みたい。その休むときに「いるだけでいい」と思える感覚はとても大切だなと感じました。休んで元気になったら、またがんばればいい。
がんばれないときの静かな優しさや繋がりは、なにもしないことを他人と共有することで生まれるのかなと思いました。元気で明るい優しさが必要な人もいれば、静かで月明かりのような優しさが必要な人もいる。「レンタルなんもしない人」さんの活動の優しさは後者なのではないかと。
彼は世界と誰かを繋げる「木工用ボンド」みたいな存在
もうひとつ好きなお話を。
依頼の内容は、ひとり暮らしが長くなり、自分以外の生物がいる感覚がわからなくなった人からの滞在依頼でした。「レンタルなんもしない人」さんが家に到着すると、依頼者のおいしい手料理が振る舞われます。おいしいと伝えると、自分の味覚は正しかったと喜びます。
和んだ空気から、人に話せない過去の話をゆっくりと始めた依頼者……。
依頼者は、子どもの頃、人を殺(あや)めてしまったことがあります。貧しい家庭環境で、母から盗みを頼まれる日々。ある日、見知らぬ女性のカバンをひったくった際、女性を転倒させてしまい、その人はそのまま亡くなってしまったというのです。
生涯、誰にも話すことはできないと思っていたけど、「レンタルなんもしない人」さんには話せた。依頼者は感謝を伝えます。
依頼者は「誰にも言えずに困ってる人」へのメッセージも込めて、この日の出来事をSNSに投稿して良いと伝えています。
亡くなった方にも家族がいたり、いろいろな状況があっての話なので、思うところはたくさんありますが、誰にも言えずに困ってる人はこの世界にいて、苦しんでいる人・孤立してしまう人は多いかもしれません。「レンタルなんもしない人」さんは、何もしていないようで、実は世界と誰かを繋げる接着剤のような役割を果たしているのかもしれないなぁと思いました。
思えば木工用ボンドも、そこにあるときは白くてドロッとして存在を感じるのですが、気付かないうちに乾くとふたつを繋げて透明になる。透明だけどそこにあるからふたつは存在し続けられる。なんとなく私の中で「レンタルなんもしない人」さんは木工用ボンドのような人に感じます。依頼を受けているときは白く見えるけど、少し時間が経つと透明になって気付かない存在になる、でも本当はその透明な姿で世界を繋いでいる。
ほかにも素敵なお話がたくさんあるので、ぜひ本でお楽しみください。
おまけ。偶然ですが「レンタルなんもしない人」さんのドキュメンタリーTV番組を見みました。漫画のご本人の絵と雰囲気がとても似ています。「そっくり!」というより、雰囲気が「レンタルさんだ~」と感じます。漫画家さんスゴいなぁと感動しました。
レビュアー
AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。