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2019.07.07

レビュー

崩れ落ちた街に潜り遺留物を回収せよ! 圧倒的世界観の廃墟系ファンタジー

久々に続きが楽しみなSFファンタジーが登場しました。火事屋先生の『逆さまのバベル』。
緻密な作画に、ちょっとかわいらしいキャラクター達が織りなす物語。
神は細部に宿るという言葉があるように、細かいところにまで気が配られた作品はどこを切っても素晴らしいと思うんです。

哲学が満ちた世界観に微に入り細を穿つ設定。そんな設定をうまく活かせる作品はなかなかお目にかかれません。

しっかりしたストーリーの骨組みが先なのか、その世界を形づくる設定が細かいから重厚な物語になるのか。そのいずれか欠けてしまえば名作になりえないのは当然として。本作はストーリーも、設定も。両輪揃った叙事詩といえます。

なんらかのカタストロフが発生し、太陽と月も、昼と夜もない世界でサルベージャーとして遺留物の回収を生業とするライ。常世界機構と言われる政府のような組織の任務を受け、日々大量の瓦礫の山から飛び込み、深く潜り、サルベージ対象を引き上げています。



しかしそこには瓦礫の奥から現れる「甲種」と呼ばれる巨大生物が跋扈(ばっこ)しており、それらを撃退しなければならない。「甲種」を撃退しながらの任務となるため、サルベージャーはつねに危険と隣合わせの生活と言えます。



そんな危険な状況でも、彼は行方不明者の遺品を捜索し、師匠に怒られながらも引き揚げ続ける。それはきっと自分の父親が行方不明者だから。
そしてある日、普段は請けない共同任務を師匠を無視して受注してから彼の運命は動き始めていきます。



まあ、何というか。本当に色々あったんだろうな、ってビシビシ感じます。世界がえらい目に遭ったというか、ライの父親と師匠のキルシュの間でも何やかんやあったんだろうなと。

そんな大量の伏線や仕掛けたちが、謎が謎を呼びつつライたちを導いていきます。
謎が謎を呼ぶ……というのは正確じゃないでしょうね。
あくまで、「まだ説明されていないだけ」の謎です。試し読みの中から解りやすい例を挙げるとすると……、

サルベージャーとしてライが、瓦礫の山から明らかに水面のような面に飛び込みます。そして、「ゴポッ」という音も描かれているのに、そこはどうも水の中ではないような行動を彼はします。



そうなると、水面に飛び込むかのような描写自体が作者が読者に仕掛けた罠なんじゃないかと思えてくるわけです。

そもそもダイバーのようなレギュレータもつけずに潜っているし、飛び込んだ後ゴーグルを外しているし。この一連の所作を見て、違和感を持って読み進めていくわけですよ。そしてなんだかよく理解できなかったからもう一度、もう一度とばかりに読み返していくと、境界域という単語が見つかる。
それはつまり……どういうこと? ってな感じで考察が進む。その手がかりをもとにもう一度読み返すと……? ということを繰り返して、仕掛けを解き明かしながら物語の今後について想いをはせるなんて楽しみができるわけです。

街の端に住み、遺留物の回収を生業とする『サルベージャー』であるライは、瓦礫の中、かつてそこに消えた父親の面影を追っている。崩れ落ちた街の、最奧より現れる巨大な『甲種』。白き翼と黒き光輪を携えし<それ>を倒さなければ、人類に未来はない。侵食される世界の中、少年は義肢の師と共に神へ至る塔へと挑む!

帯やコミックスのページに書かれている、作品紹介文。
1巻で語られている中には、神へと至る塔はまだ登場していません。しかし、本作のタイトルは『逆さまのバベル』。バベルと言ったら……?
なんて考察と推理が尽きないよう、たくさんの仕掛けがちりばめられているのです。

そして、本作はかなりハイコンテクストな作品だと感じます。
崩壊前の遺物を引き上げる任務を出す常世界機構の中央委員会とか、こういった世界観が好きな読者ならば秒で感じる「絶対悪い奴」感とか、読者の暗黙の了解を最大限活用してストーリーテリングしている印象を受けました。だけど、きっとこの先気持ちよく裏切られるんだろうなという不穏な期待感も満ちています。
しかし、物語は直球です。



物語の中で「大切なものを取り戻すのがサルベージだ」とライが言います。(厳密にはライの父のことばだけど)
多くの大切なものが失われてしまった世界でライが取り戻していくものは何なのか。駆け足じゃ勿体ない、味わいがいのある物語。じっくり付き合いたい新星です。

レビュアー

宮本夏樹 イメージ
宮本夏樹

静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。

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