人間とは殺しを覚えたサルである
Killer Apeとは「人間は戦争または殺人によって進化した」とする進化論の仮説です。
仮説ですから証明されたわけではありませんが、この作品の主人公てっちゃんは、まさしく幾多の戦争を経験することによって成長していきます。
また、彼はこの巻でナポレオンから授かった言葉をきっかけに、英雄であろうと努力しはじめます。これも、「戦争から得たこと」です。
(ナポレオンが一兵卒と話をするなんてミョーだ、と考える人もいるかもしれませんが、ナポレオンは誰よりも前線に出て戦うことで有名な将でした)
言いかえれば、『Killer Ape』とは主人公てっちゃんの成長物語です。同時に、作者・河部真道の成長をいかんなく表現した物語であるとも言えるでしょう。
中途で終わった『太平記』
河部の前作『バンデット』は、「偽伝太平記」という副題に見られるとおり、『太平記』の時代――鎌倉幕府の滅亡から建武の新政を経て南北朝に至るまで――を描くはずでした。ところが、物語は中途で終了してしまいます。
『太平記』はたいへんおもしろい物語なのですが、センシティヴなものを多く含むため、エンターテインメントの題材になることがあまりありません。それを知りつつ、あえてこの時代を物語の舞台としたのは、この時代だからこそ描けるもの/描きたいものがあったためだと思われます。
歴史学者・網野善彦の説によれば、日本に貨幣経済が根づいたのは『太平記』に描かれた時代だそうです。言い換えれば、日本という国の礎はこの時代に築かれたわけで、これ以上ないほど重要な時代だったということができます。
『バンデット』が中途で終わったことに呪詛の声をもらしたのは、おそらく自分だけではなかったはずです。
ヒロインがちゃんとかわいいんだ
とはいえ、読者はじつにイイカゲンなものです。
本作『Killer Ape』の第1話が「モーニング」に掲載されたとき、自分は「『バンデット』終わってよかったなあ」と思いました。単純に「こっちの方がぜんぜんいいや」と思ったのです。
南北朝時代を舞台とし、その時代の人を主人公にすれば、物語は大きな限定を背負うことになります。その時代からは決して離れることはできないし、場所も決まってしまいます。(たとえば、『バンデット』に描かれたのは日本それも関東以西だけでした)
しかし、本作の設定ならば、論理的には世界のすべての戦争を舞台にすることが可能になります。歴史物(時代劇)がかならず背負ってしまう限定から解放されながら、実際にあった歴史上の戦場を描くことができるのです。この巻ではワーテルローの戦いが取り上げられていますが、次に描かれるのは英国を舞台としたノルマン・コンクエストです。「この設定、よく考えついたなー」と賞賛せずにはいられませんでした。
さらに、本作にはヒロインが登場しています。
読者が成年であろうと少年であろうと、男性向けのマンガにヒロインが登場するのはセオリーであり、これをはずして描かれる作品はほとんどありません。しかし、歴史上の戦争を扱えば、どうしたってオトコの物語になってしまいます。事実、『バンデット』は基本的にオトコしか出てこない話になっていました。
ところが、この設定ならヒロインを登場させられます。彼女にたいして主人公がどうふるまうかも物語のポイントにすることができます。
それにさ、この子、ちゃんとかわいいんだよ。彼女の登場に、読者の多くは思ったはずです。「ああ、うまくなったなあ」、作者は女が描けるほど画力をあげたんだ。その成長は本作『Killer Ape』だからこそ示すことができるのです。
ナポレオンは語った。「英雄とはなにか」
ワーテルローの戦いを舞台としたのは、なによりそれがナポレオンの戦争だったからだと思われます。主人公てっちゃんは、すでに本作の第1話で語っています。
「世界一の男になりたい」
その答えを示すために、ナポレオン以上に適当な人材は考えられません。主人公グループのナポレオンへの特攻は、それを描くために成されたといっても過言ではないでしょう。
ここでナポレオンが語った英雄論は、作品のテーマとなり、主人公てっちゃんを大きく変えていくことになります。同時に、読者の多くは感じることでしょう。これは、ナポレオンだけに当てはまることじゃない。今に通じることなんだ。おれたちも考えるべきことなんだ。てっちゃんを戦場にたたき込んだ企業の名前を見ろよ。明らかに現実に存在する企業から得たものじゃないか。これはおれたちの話だ。Killer Apeとはおれたちだ!
てっちゃんが取り組んでいた動画配信はもちろん、『バンデット』が中途で終了しなければならなかった理由も、結局はここに行き着きます。
作品のタイトルに込められた意味――人は、殺しを覚えたサルである――も、ここに大きく関連していることはまちがいありません。
本作は、それを描こうとしています。
たいへん意欲的な作品であり、今マンガを読むのなら、真っ先に勧めたい作品です。
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/