『蟲師』や『水域』の漫画がとても好きです。少し不思議な世界観と、丁寧に描き込まれた絵が見事にマッチし、ノスタルジーを感じるのです。読了後に悲しくはないのですが、心が生ミントを噛んですーっとする、そんな感覚になる漆原先生の漫画は、何度も何度も読み返したくなります。
新連載が始まってうれしかった人は私だけではないはず。世界中で漆原先生の漫画を待っていた人は全員仲間だと思っています。
さて今回の漫画はタイトルがまず面白いです。『猫が西向きゃ』が発表されたとき、「猫漫画?」と思いましたが、読んでいて納得です。猫がポイント、間違いないです。といっても猫漫画ではなく、『蟲師』を思い出させる1話不思議話完結型で、大好きな漆原先生が漆原先生のまま戻ってきてくださったのだと、少し読んだだけでも感動しました。こういう瞬間こそ、好きな作家さんを何年も追いかけ、待ち続ける喜びです。
物語の舞台は現代のとある街。「フロー」と呼ばれる「空間の浮動化」をテーマにした不思議なストーリーです。空間の浮動化とは、物質が安定せずにバランスを崩してカタチを変えていることをいいます。その状態をフローと呼びます。
フローを解決する専門の会社を運営する・ヒロタ、わけありのアルバイト・近藤、猫のしゃちょう。ふたりと1匹が依頼のあったフローを解決しに行きます。
「空間の浮動化?」
一見すると難しそうな設定に見えますが、漫画の前半に丁寧な説明があるため、すんなりと不思議な世界へ入り読み込んでいけます。1話完結型で、ゆっくり好きなペースで読めるところが好きです。
個性あふれるキャラが「フロー」の謎解きに
ふたりと1匹がフローの通報があった現場へ向かうと、三叉路だったはずの道が七叉路に。道が増えていました。さっそく調査を始めるヒロタ。
フローが生まれる原因はいろいろありますが、今回の七叉路は「人の想い」と共振したのでは、と推測します。ちなみに猫のしゃちょうはフローを感じるので、一緒に現場を調べるときには大活躍します。その姿がもっちりしていてとてもかわいい。
聞き込んでいくとひとりの学生に辿り着きます。彼に聞くと、進路に悩んでいたら道が増えてしまったと。これがフローの原因ではないかと突き止めます。
高校生にアドバイスをするヒロキ。彼の進路の悩みが晴れていくと、目の前の世界が霧に包まれ、次第に姿に変えていきます。
読み手に寄り添う、ちょっと不思議で、優しい漫画
元に戻った世界はいつもの三叉路へ。見慣れた街の風景が帰ってきました。
こんな感じで、毎話、街に現れるフローの謎解きをして解決していきます。1巻には6話も入っているので、どこかに自分のお気に入りの物語やキャラクターが見つかるはず。どの話もページ数は多くないですが、とてもよく練られていて、無駄が一切ない・物足りなさもない完璧なまとまりの物語になっています。完璧すぎてうっとりします。
ちなみに、あえて「わけあり」とご紹介したアルバイトの近藤。子どもに見える外見をしていますが、実は彼女自身もフローの影響で子どもの姿になってしまった大人でした。
小さな子どもの見た目から、鋭い意見を言う近藤は読んでいてお気に入りのキャラになりました。35歳ですから。
タイトル通り漫画の中にはしゃちょうをはじめ、いろいろな猫も登場します。猫好きの方にとっても楽しめる漫画だと感じます。
おまけ。
私は漆原先生の描く建物の絵が大好きです。今回も随処に描き込まれた街や建物に見入っていました。中でも好きなのが広田フロー株式会社の建物です。
少し古くて、道路から直接建物の2階に通じる階段があり、昭和のノスタルジー建築好きの私にはたまらない構造でした。遠藤が窓から見ている風景を想像するだけで気持ちが高まってきます。こういうツボを刺激してくれるところもまた、漆原先生の描く漫画の良さだなと毎回思います。
『猫が西向きゃ』。ゆっくり味わって読むもよし、移動や仕事のちょっとしたスキマ時間に1話だけこっそり読むもよい。暮らしにそっと寄り添う、ちょっと不思議で切なく、でも人にとても優しい漫画です。
レビュアー
AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。