子どもの頃、推理をして遊ぶ謎解きブックが好きだった私を虜にした漫画がありました。それが『金田一少年の事件簿』。
名探偵・金田一耕助を祖父に持つ難事件を解決していく高校生・金田一一(きんだいち はじめ)。一の幼なじみで事件解決の手伝いをする七瀬美雪。事件解決に警察として助けてくれる剣持勇警部。天才頭脳で難事件に挑む明智健悟警視。魅力的なキャラクターと「金田一耕助の孫」という絶妙な設定が、子どもの私にドンピシャで、熱烈に愛読していました。
月日は流れ、私もすっかり大人になっていました。いつものように本屋さんで面白そうな漫画を探していて、目も脚も手も止まったのが『金田一少年の事件簿』の続編『金田一37歳の事件簿』です。これは出会いではなく、再会と呼ぶべきでしょうか。
■金田一少年が37歳の大人になっていた!
私だけ大人になっていたはずのこの世界で、なんと! はじめちゃん(金田一一)も同じように年を重ねてくれていました。37歳、同い年になっていた、うれしさ! 原作は天樹征丸さん。漫画はもちろん、さとうふみやさん。ゴールデンコンビで、金田一一が37歳になったところから始まる新連載。嬉しくないわけがない。面白くないわけがない。身体の細胞全部、喜びしかないのです。
1巻を手に取ると、金田一シリーズお約束の、なんとも言えない重厚なアクリル画のようなイラストの表紙。この表紙をみただけで「あぁ金田一!」と思えるのだから不思議です。ずっと再会を待っていました。
新シリーズは、37歳になった金田一が、PR会社勤めのサラリーマンという設定から始まります。学生服だった金田一が、スーツを着ている。子どもの頃、「はじめちゃんは大人になったら探偵とか刑事になるのかな」と思っていたので、「え?」とちょっと拍子抜けしました。会社員という設定が、なんだか意外。
出社すると、金田一は上司から孤島リゾートのPR担当を任されます。資料に目を通すと記憶にある名称が。「歌島リゾート」それは『金田一少年の事件簿』ファイル1「オペラ座館殺人事件」の舞台になった島です。そのことに気づくも、すでにオペラ座館はなくなって、リゾートホテルに生まれ変わっていました。
■物語をなぞる奇妙な事件へ
謎解きアレルギーのような金田一。しかし運命のように島へ引き寄せられていきます。会社からも「いわく付きであることは悟られないように」と釘を刺され、部下・葉山まりんとツアーのアテンドへ。ちなみに、今回の物語は「金田一&美雪幼なじみコンビ」ではなく、「金田一&葉山先輩後輩コンビ」で進みます。
今回PRするリゾートツアーは「歌島リゾート夢の縁結び」。その設定により、職種がバラバラの男女が登場しますが違和感なく進むため、どんなトリックに結びつくのかとても気になります。金田一シリーズの特徴に、事件解決のヒントになる単語は太字ゴシックで表記されます(通常の台詞は明朝系フォント)。
今回もそのルールが採用されているので、登場するときの職業や趣味など、謎解きに関わる気になるポイントは、もちろん太字で強調されます。この太字を確認しながら、本の中を何度も行ったり来たりしながら、推理と謎解きを楽しめるようになっています。
初日、歌島での縁結びパーティーも和やかに進み、夜の肝試しの用意が始まります。ここでついに、あの「黒い人」登場です! 待ってました!
金田一シリーズの特徴のひとつに、犯人は暴かれるまで、黒い影のような描写で描かれます。物語の途中にこの黒い人が出てくると、犯人の心の声や行動が少しだけ見えるので、謎解きのヒントにもなります。この黒い人の表現が子どもの頃から大好きでした。犯人も同じ世界の中に一緒に存在していて、みんなと同じ時間軸の中にいるとわかるので、臨場感があります。犯人が特別な魔法を使うとか、超能力があるのではなく、自分と同じ人間が工夫してトリックを生み出し、完全犯罪を試みているのだと思えるので、解決するまでずっと彼や彼女が人間であることを忘れずに読み進めることができます。
解決してすべてが語られる小説のような展開より、事件が一緒に進んでいくこの手法を産みだした人は天才だなぁと思っていました。映画を観ているようなハラハラする感覚がコマの中に生まれます。
リゾートホテルの中に響く、オペラ座の怪人のテーマ曲。金田一の顔が、だんだんと謎解き顔に戻っていきます。そしてついに、殺人事件が起きてしまいます。
ここからは、懐かしい面子が続々と登場します。誰がいつ出てくるかは、ぜひ本誌を読んで記憶との同窓会をお楽しみください。私も、ページをめくる毎に登場する懐かしいキャラに「お──! きた──!」と声を上げて読んでいました。
■37年分の人生経験をもって事件と向き合う
全員が大人になり、37歳というなかなかのミドル世代の設定。スマートフォンがあり、インターネットがあり。なんならSNSも出てきそうです。今の時代だからこそ使えるトリックが物語に埋め込めるようになり、新しい世界が金田一ワールドに広がったのだと、今回の1巻を読んで思いました。37歳として、高校生から成長した金田一の中には、たくさんの人生経験が詰まっているはず。その経験が事件解決にどうつながるか、そして何より気になるのは犯人に投げかける最後の言葉です。高校生と37歳では、そこが一番大きく違うのではなかろうかと思うのです。
思えば高校生で主人公だった頃は犯人はほとんどの場合、年上の大人になります。しかし新シリーズでは37歳。犯人が年下になる可能性も十分にあります。年下の犯人の気持ちが、より実体験としてわかるようになったら、どんな言葉を発するのか。そこをとても楽しみにしています。
子どもの頃憧れだった、ちょっとだらしがないけど本当はカッコいい「はじめちゃん」。きっとこれからゆっくりといろいろな事件を解決していきながら、新しい金田一像が表に出てくるのでしょう。あの頃のドキドキやワクワクをよりパワーアップさせて読者に届けてくれるんだろうなぁと期待でいっぱいになりました。
次巻でたぶん犯人がわかるのかなと思うので発売が楽しみです。何度も読み直して、私なりの犯人捜しを楽しみます。待っている間には『金田一少年の事件簿』もひさしぶりに読み直したいなぁと思っています。高校生から37歳まで。ファン冥利に尽きる読書です。
レビュアー
AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。
https://twitter.com/to2kaku