東京は国分寺。駅前の再開発工事に伴う遺跡発掘調査の現場から、石棺が出土する。
縄文時代の地層から現れたのは、土器でも土偶でもなく、なんとエジプト様式の棺。そして棺の中から現れたのは、悠久の時を越えて現代に蘇った古代の王、ファラオだったのです……。
えっ、何言ってるのこの人……ってこの時点で脳が理解を拒む感じ、わかります。でも大丈夫。そのまま受け止めてください。こんな強烈な出オチ感のある設定なのに、絶妙なバランスで現代社会の悲哀に切り込んで描かれた『ファラ夫』。和田洋人によってヤングマガジンにて連載中のギャグマンガです。
こうみえて「超」文化的なのですよ!
2018年3月に現実世界の国分寺でも北口の駅前は再開発に伴って完成しているから、この作品の舞台はまさに今を切り取ったといっても過言ではありませんが、実際にこうやって建設現場から遺物が出土しちゃうと大変みたいです。作業は当然その分遅れるわけですし、発掘にかかる費用も負担しなければならないようです。
そんな事情はさておき。
本作のスゴいところは、現代にファラ夫が復活してマスコミに取りあげられてチヤホヤされている時のエピソードに触れず、「その後」のファラ夫の生活に焦点を当て物語が紡がれているところです。
冒頭こそインパクトのある設定とネタで見る者を強烈に殴ってきます。しかしそれに続く物語はファラ夫が市民権を得た世界の日常の物語(モラトリアムライフ)。そんなギャップだけど、読者に違和感を覚えさせるヒマがない、豪腕のストーリーテリングです。
ファラ夫が復活して、一通りの話題を現代日本において得た後、話題は移り変わり、「一発屋芸人の扱い」になったから、バイトからまたイチから積み重ねていく……。
細かいところにツッコミを入れていったら追いつかない展開は、「もの凄く人類史規模」のスケールで「ごくごくご近所なお話」が繰り広げられるストロングスタイルっぷりです。
そんなファラ夫はエジプトの石棺から復活しているだけあって、何というか彼のビジュアルは包帯を巻かれたミイラにツタンカーメン王のようなマスクと肩当てと腰巻きです。なのでマスクを常に被っているので、どのコマをみても当たり前ですが全くファラ夫自体の表情は崩れません。
崩れません。
崩れてないです。
この躍動感たるや。
いわゆるマンガ的な表現でマスクの目が笑顔になったり口が開いたりというように変化させずに、マスクの躍動感と「間」だけでファラ夫の人となりが表現されているわけです。まあ黄金のマスクなので当たり前なんですけど、何が言いたいかというと、そんな静と動が醸し出すシュールな空気がファラ夫のいる生活に深みを増していることは間違いありません。
風呂に入るときは肩当てと腰巻きを外して入るけどマスクは取らないとか、
包帯はスパイダーマンのように自在に操れるけど構造が不明で気持ち悪い、とか。
このように古代エジプトの神秘すごい……っていう感じのファラ夫ですが、彼がどういう経緯で国分寺の縄文時代の地層に埋まっていたのかは定かでありません。
が、彼がいろいろな歴史の偉人と交わってきていることを示す小ネタがちりばめられてているのも小憎い演出です。
飲み会にしても変な座り方だな、なんて思ったら、
これ有名な晩餐会の席次ですよね、みたいな構図に気付かされる……! と、ハイコンテクストに世界史に絡めたギャグだけに及ばず、婚活やマッチングアプリにパワハラ問題、ローカルコミュニティとの付き合い方まで、現代日本の世相や風俗までカバー範囲が広いエジプトの王。
2巻からはハニワのなおみさん(子持ち)も登場してきて、人間(?)関係も深まり、舞台もエジプトに帰省してたり一旗揚げようとホストクラブでがんばってたりと、他ではなかなか見られない展開が次々と訪れます。
最近の若い者は、という言葉は古代エジプトからあったという話もありますが(諸説あります)、そんな昔から現代まで7000年もの間、いくつもの文明の興亡を目の当たりにしてきたファラ夫を通して2018年の現代を斬る快作、人生100年時代のカウンターとしてオススメですよ。
レビュアー
静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。