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2018.06.09

レビュー

美醜に残酷な業界に挑む! モデル少女とデザイナー少年の必殺バトル『ランウェイで笑って』

なにかを夢みて追いかけることは誰にでもできることで、たぶん多くの人が実行中か、かつては試したことだ。

かなったもの、諦(あきら)めていないもの、うやむやになったもの、忘れてしまったもの。 夢は、どんなに変質しても、同じ質量で自分の現実を取り巻いている。誇らしくもあるが、ときどき残酷で気まずい。でもそうやって人生は確定してゆくので、否応なく私たちは「夢」という名前の、形があるんだかないんだか掴(つか)みづらく取り払いがたいものたちと、ずっと手をつなぎつづけている気がする。

『ランウェイで笑って』も夢の物語だ。パリコレのモデルを目指す千雪と、ファッションデザイナーになりたい育人が、夢を追い続ける。……とだけ言うと「キラキラなお話」に思えるのだが、実際はスポ根ばりのアツさがあり、とても厳しい。

夢を追う物語は数多いが、本作の特徴は、ファッション業界ならではの美醜にまつわる際どい残酷さがついてまわるところだと思う。「ダサい」「モデルとして使えない」などの辛辣なジャッジが登場人物たちに投げつけられることもある。



ここが彼らの戦場だ。

本作は「週刊少年マガジン」で連載されている。少年誌でファッションを描くことが新鮮で手にとった。そしていい意味でそれを忘れて読んでしまった。ときおり「お洋服の世界も戦いなんだ……」と手を止めながら。千雪と育人、それぞれの戦いを紹介したい。

戦い続けるヒロイン、千雪

千雪は「身長が158cm」という、モデルとして致命的な欠点のある女の子だ。



でもモデルになるための努力を怠らず、ボディバランスにも恵まれている。

夢をかなえるために大切かつ難しいことは「できる」と信じることだと思うが、これは本当に第一歩の話で、千雪は「私はパリコレモデルになる」と自分に言い聞かせ、動き続けることを、とっくの昔からやっている。

なのに千雪の夢は一向にかなわないし、自分よりも努力をしていないモデルたちに追い越されてゆく。酷だ。

でも千雪は諦めない。どんなに泣いて傷ついても戦い続ける美しいヒロインだ。




才能と運と根性で運命を切り開く主人公、育人

対する育人は千雪とくらべると夢へのアプローチがシンデレラ的だ。服を作る天賦の才能があるが、家庭の経済的な事情によりファッション業界を目指して進学することを諦めている。
が、千雪と出会い、「服を作りたい」とハッキリ心に決めてからが強い。

未経験の高校生ながら才能を買われ、気鋭の若手デザイナーの下で働き、現場の知識と経験を身に着けてゆく。とはいえ、かぼちゃの馬車に揺られ夢のお城にたどり着くなんてほど遠く、苦労と挫折が山ほど待つ。お金はなく、ライバルも多い。足がすくむような思いもたくさんする。



そこから立ち上がる本人の姿は勇者に見える。



彼もやはり戦っている。

千雪と育人は互いに「失うものがない」戦友だ。だから、誰に何を言われても、夢にしがみついて自分から勝ち取りに行かないと、2人の夢は確実に消えてしまう。


ファッションって、アツい。

ファッションの描写もむちゃくちゃ面白い。各話の最後にファッション用語の解説があるのだが、これがゲーム攻略の用語解説のようで楽しい。

「パリコレ」というラストダンジョンの説明に始まり、生地の性質は魔法の属性のようであり、裁断の技法は必殺技のように語られる。どの要素もバトル感に満ち満ちている。(さすが少年誌!)



このコマが最高に好きだ。「バイアスカット」と育人、かっこよすぎでしょ!

でも本当に「良い服」を生み出す必殺技なのだ。メゾン・マルジェラやコム・デ・ギャルソンのドレスを試着した時の「なんだこれー!」と脳天に電流が走るアレ! サンローランのトリビュートを履いて鏡の前に立った時の完璧なアレ! 「どこに着ていくの?」なんてどうでもいい、どこにだって着ていくよ! と思わせるあの魔法は、この作品で描かれる戦いの結晶なのか……アツい!

本作を読んだあとに歩く伊勢丹新宿の本館4F(モード系のフロア)は超人が居並ぶ神殿のように思えて格別にかっこよかった。


「ありえないこと」に立ち向かう2人

服を魅力的に見せることが使命のショーモデルは「ランウェイで笑う」ことをしない。たしかにモード誌は笑顔のカットがとても少ない。

『ランウェイで笑って』というタイトルはそんな「ありえない」ことを指している。

それぞれの「ありえない」ことに立ち向かう2人には、巻を追うごとに厳しい壁がやってくる。なかでも胸がつまりそうなのが、“「自分がやりたいこと」ではなく「自分に向いていること」を選んだほうが幸せなんじゃない?”という凄まじい強敵だ。この強敵を倒すのが難しいことは、たぶん多くの人が知っているはずだ。


2人の夢について「ぜったいかなうよ!」と心から断言する力を、30歳をすぎた私は残念ながら既になくしてしまっている。でも、読みながら、「もしかしたら」という2人への期待と、自分が今も手をつなぎつづけている夢のあれこれが頭に浮かんだ。だから、2人のことをめいっぱい応援している。私も「ありえないこと」が見たくてしょうがない。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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