・保険調査員と共感覚者のでこぼこコンビが事件・事故を調査。人々の心の闇夜に光を灯し、感情という色を生み出す
本屋の新刊コーナーを物色中、なんとなく気になって手に取った漫画でした。タイトルが詩的で、表紙の絵の色や光の表現が美しく、どんな漫画か調べてみると、主人公の設定が「保険調査員」。めずらしい設定だなぁと思いレジへ。漫画を持ってカフェに寄ったら、テンポが良いストーリーに夢中になり、気づいたらコーヒーが冷めていました。ページをめくる手が止まらない漫画です。
主人公・夜明至は38歳。ワケありのバツイチ。職業が私の日常ではあまり馴染みのない「保険調査員」。
保険調査員は、正確には「損害保険調査員」のこと。保険会社が被保険者に保険金を支払う前に、支払に問題ないか査定調査を行う仕事です。主に保険会社が社内にスタッフを抱えている場合と、社外に依頼する場合があります。夜明至の場合は自分の事務所を構えているため、保険会社から依頼を受けて調査をする人です。
保険と一口に言ってもいろいろな種類があり、得意分野や専門分野がある人もいれば、全般的にできる人など、調査員によってもスタンスは違うようです。漫画のタイトルである「オプ」とはこの保険調査員の呼び名で、オペラティヴ(operative)の略になります。
■特殊な感覚「共感覚」を持つ少年が気になる
今回の第1巻は「射撃場で起きた銃暴発事故」と「雨の日に起きた不可解な交通事故」の保険調査が物語の軸になります。
このふたつの事件を解決していく中で、夜明至の過去や、背負っているもの、まわりとの人間関係が、物語の進行を邪魔せずに、合間で丁寧に描かれていますが、私が最も興味を持ったのは、「共感覚」という能力を持つ高比良玄という少年のキャラクターでした。
共感覚は多くの人にとって、あまり馴染みのない言葉かもしれません。少し説明すると、身体に入る刺激に対して、通常の一般的な感覚だけでなく、異なる感覚もリンクして同時に生じる、一部の人にだけ起きる特殊な感覚です。例えば数字に色がついて見えたり、音楽を聴くと味がしたり。肌触りや質感、形状で、音が聞こえることもあります。(もう少し詳しい説明はWikiのリンクがわかりやすくまとまっていますのでご参考に)
人により感覚には種類や程度の差があり、必ずしも決まった感覚があるわけではありません。また、共感覚者の中には、生活に支障が出るわけではないので、感覚を持っていても自分では気づかなかったり、自分の感覚が他人と違うことがわからないので説明する機会が少なく、社会の中に溶け込んでしまう性質もあります。また特殊な感覚ゆえに、周りから奇妙に思われることもあり、隠して生きている人も中にはいるのかもしれません。
この共感覚をもつ少年・高比良玄が夜明至の元へやってきて、ふたりは共同生活を始めます。でこぼこコンビはコンビなりに、お互い持つ過去の傷や背負っているものを察しながら歩み寄っていきます。夜明至は高比良玄の共感覚の能力を保健調査の現場でも生かし始めます。
どのキャラクターにも個性と魅力があり、小さな影の匂いがします。日の光より、月明かりの方が似合う。そんな感じでしょうか。今後の展開でどう成長していくか大変楽しみです。
■ワケあり保険調査員と共感覚者の少年がタッグを組んで、事件の謎解きをしていく
さて、本編の話へ戻ります。
「射撃場で起きた銃暴発事故」と「雨の日に起きた不可解な交通事故」このふたつの事件を夜明至の経験や勘、高比良玄の共感覚で謎解きしていきます。
ひとつ目は「射撃場で起きた銃暴発事故」。スーパー「マルシェ」の経営者・沢渡はクレーの射撃場で銃暴発事故をおこします。この事故が、本当に暴発事故なのか自殺なのか。事故の可能性調査依頼が夜明至の元に舞い込みます。調査をすると、事故も自殺もどちらの理由もなくもないが、どうも最後の一手がはまらない。事件の霧に隠れる真実を探し調査は続きます。はたして事故か自殺か。答えは……。思わぬところに解決の手がかりがあります。
ふたつ目は「雨の日に起きた不可解な交通事故」。春の雨が降る夜、掘雄太は道で倒れているところを発見されます。交通事故は成立しますが、事故の現状と怪我の内容が一致しません。加害者と被害者の説明に不明瞭な点があり、保険の過失割合の調査依頼が来ます。事故はたしかに起きていた。しかし、そこには人間の言葉にしにくい感情が隠れている。その隠された感情が事故の真実をねじ曲げてしまう。
どちらの事件・事故も漫画がミステリー要素を含むのでネタバレは書かないでおきます。ぜひ漫画本編でお楽しみいただければと思います。伏線の回収も含め、大変良く練られており、テンポを崩さずにきっちりとまとまったストーリーになっています。登場人物の個性も生き生きと描かれているので、飽きることがありません。どことどこの糸が最後に向けてつながっていくか、ドキドキ。
■ひとりひとり違う色を持つ人たちが、世界に色づけしていく
本編の内容ではありませんが、この漫画を読んでいると、人の感情というものは白黒はっきりと分けることはなかなか難しく、またそれが善なのか悪なのかもわからないなぁと思います。どちらでもないのかもしれません。
すべての人間の感情に色があるとすれば、この世界は大変カラフルになっているでしょう。パレットに並ぶ絵の具のチューブから出したワンカラーの絵の具のように、人はひとりで生きています。そのひとりずつが、水と自分以外の色と混ざって、パレットの中でグラデーションを作り、世界というキャンバスに色を付けていきます。
その色の変化は、空の色や海の色、自然の移り変わりのように、日々変化していきます。人の心も同じように、他者と混ざり合い、新しい色を作って生きています。
夜明至という名前は大変美しい空の色を感じます。真っ暗な暗闇。空は夜明け前が一番暗いといいます。色を失った彼が、いつか、夜が明ける朝焼けの空のように、静かに誰かと混ざり合い新しい色を持つ。その日を待っているように感じました。夜明という主人公が最後、何色に染まるのか。今後も楽しみな漫画です。
おまけですが、著者のヨネダコウさんのファンには嬉しいひとコマが本編に隠されていました。私もこのコマでニヤリ。声を殺して笑ってしまいました。わかる人にはわかるニヤリのツボです。ふっふっふ。
レビュアー
AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。