■幼稚園の頃からの友人は、国際線のCAになるのが夢でした
SNSでお互いの近況をやりとりしたり、数年に1度会うタイミングで、彼女が歩んできた人生の話を聞くことができます。英会話習得のため海外へ留学した話、何度か試験に挑戦してCAに受かった話、努力を重ねて国際線へ進んだ話、次の世代を育てている人材育成の話。幼稚園のころからの夢を叶え、今も夢の真ん中にいる。嬉しかったことも、大変だったことも話してくれる尊敬する友人です。
そうやってCAの世界の話を友人から長く聞いていたので、読み始めてすぐに本の世界に引き込まれました。性別は違いますが、主人公の姿や航空会社の中の様子に、友人の背中がうっすら見えるようです。こんな世界でがんばっているんだなぁ、と。
主人公は高校生・空賀カケル。借金を残して蒸発した父不在の家庭。裕福ではありませんが、母とふたりで助け合いながら、なんとか暮らしています。そんな母が送り出してくれた修学旅行。そこで人生初の飛行機に乗ります。
前半、空賀カケルの生い立ちや、暮らしの描写から、どことなく切なさを感じます。父が勝手に残した借金のせいで、何ひとつ悪くない母子が苦労してしまう。昼も夜も働きづめの母、バイトで家計を助ける息子。グレずに母をこっそり助ける優しさ、達観した視野の広さは、彼の中に眠る根性や我慢強さのようなものを感じます。優しい人の内側の芯は強い。そんな気がするのです。
■ほんの小さなきっかけで、人は人生を変える夢を持ち始める
修学旅行の飛行機の中で、カケルは運命の出会いをします。それはCAというキャビンアテンダント(客室乗務員)という職業との出会いでした。飛行機の中で乗客の安全を守りつつ、快適な旅になるようお客様にサービスをする。すべては飛行機内で行われ、地上約33000フィート上空を飛ぶ。空の真ん中で働く仕事です。
私も旅が好きでよく飛行機に乗りますが、揺れる機内でCAさんがしてくれるサービスは、本当にすごいなぁと思っています。笑顔で優しく対応してくださる姿に、何度も幸せな気持ちになります。
小学校6年生の頃、北海道から東京への父の出張に一緒に連れていてもらったことがあります。ちょうど夏休みだったと記憶しています。このフライトが記憶にある最初の飛行機体験でした。離陸にかかる重力や、小さな丸っこい窓から見えた真夏の青い空は、未だに忘れられません。そこには理由のない純粋なワクワク感があったように思います。アラフォーになった今でも、飛行機に乗る時間はワクワクします。空というものは常に人生にロマンを与えてくれ、飛行機という乗り物は人間にとって特別な物のように思います。
カケルも初めての飛行機で、そんな気持ちになったのかもしれないなぁと、この作品を読んでいて思いました。変化のない日常、色のない世界に、青い空は広がり、ついに空はカケルを包み込んでしまう。カケルはその瞬間「夢」というかけがえのない人生の宝物を見つけます。空の魅力に心を奪われたのです。
人が夢や目標を見つけるには、ほんの小さなきっかけや変化があればよいのでしょう。ただ、その小さな変化を受け入れるかどうか。変わらないより変わる方が、はるかにエネルギーを使います。子どもであっても大人であっても。
■空に憧れた少年が、凛としたCAへ成長していく物語
日々の暮らしは淡々と進みます。毎日の暮らしには、映画のような大きな事件やドラマは少なく、昨日の続きの、明日の途中の時間が永遠と続きます。その続く時間の中に、ほんのかすかに光が強い箇所を見つけられるかどうか。見つけた光を受け入れられるかどうか。そこが分岐点になります。
カケルは飛行機の中でこの小さな光から夢をつかみ取り、自分の人生を大きく変えます。夢が見つかったときのシーンがとても好きです。世の中のいろいろな環境にいるたくさんの人の中にも、カケルが見つけた光があるといいなぁと願いました。漫画の中の希望はいつだって読む人に元気をくれます。元気が現実世界を少し変えることもあります。
修学旅行から帰ってきたカケルは、夢のために勉強を始めます。持っているものは少ないかも知れませんが、すべてを使って、使い切って、無理をしてでも前へ進もうとします。今まで身体の中で貯まっていたエネルギーが爆発して放出されていくように。
努力・運、すべてを使ったカケルは国内の離島をつなぐ「日本アイランド航空」に入社します。ついにCAのスタートラインに立ったのです。優秀な同期である八雲はなとのコンビネーション、個性豊かな航空会社のスタッフたち。カケルもその一員になります。
本作は、空賀カケルという高校を卒業したばかりの若い少年が、まっすぐで優しく素敵な個性を持つCAの青年へと、ゆっくりとじっくりと成長していく物語です。人の成長には環境と人との関わりが大切。カケルは空と飛行機と仲間を手に入れました。周囲の人々に支えられながら、日本アイランド航空でどんなふうに成長していくのか、いまから続巻が楽しみです。そして願わくば、カケルの母も夢を見つけた息子を見守りながら幸せになってほしいなぁと思います。
日本には航空会社を舞台にした漫画がたくさんあります。『空男』では、今(2018年)のCAを感じることができました。漫画は時代によってCAの描かれ方が違うので、読み比べをしてもとても楽しめるジャンルです。私も久しぶりに、読みたい漫画をいろいろと思い出しました。
おまけ。私も小さい頃の夢は「ガンダムになりたい」だったので、漫画が始まってわずか3コマ目でちょっと魂を射貫かれました。乗りたいじゃなく、なりたいなんですよね。うんうん(今も本当はガンダムになりたい)。
レビュアー
AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。