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2017.12.09

レビュー

【NeuN】ヒトラーの精子で生まれた13人。その中の一人が、全員を抹殺。

手に汗握る逃避行。次々と迫り来る追っ手や刺客をかわして、自由と真実を求める物語……。

抑圧と解放、緊張と緩和。主人公たちに感情移入し、不安や苛立ちを乗り越えて得られるカタルシスの心地よさを湛えたサスペンスは普遍的な魅力に満ちている。それが圧倒的な筆致のアクションと心理描写によって得られるものであればなおさらだろう。そんな今年イチバンの極上サスペンス、『NeuN(ノイン)』。ヤングマガジンにて月イチ連載で綴られている問題作だ。

ヒトラーのDNAを持つ少年「ノイン」。ドイツ語で9という名を持つ少年は南ドイツの小さな村に預けられ、そこで養父母に育てられていた。ところが1940年のある日、悪名高きナチスのSS、親衛隊により抹殺の対象となる。育ての親は乗り込んできたナチス親衛隊に殺され、村は焼き払われてしまう。

しかし、ノインを守る壁(ヴァント)として命を受け、彼の成長を見守ってきた「テオ・ベッカー」によって守られ、いつ終わるともしれないナチスの追っ手から逃れるための旅に出るところから物語は始まる。

まずは『スカイハイ』や『爆音列島』などで繊細かつダイナミックな描写で我々を魅了した髙橋ツトムによる美麗な画に酔いしれよう。緊張感溢れる構図にスタイリッシュなアクションから、美しくセクシーな女性まで、すべて「ある」。


ヒトラーと13人の子供達

本作の鍵を握るのは、アドルフ・ヒトラーの精子を人工的に受精させて作られた13人の子供たちだ。

何らかの事情で不要になったヒトラーのDNAを持つ子供達を粛正するため、12Feld作戦という作戦のもとドイツの各地にノインを含めた12人の子供たちを抹殺するための親衛隊を放つ。

そしてそんな恐ろしい命令を発するのは13人の子供たちの1人である6番(ゼクス)。彼は天才的な頭脳を駆使して子供ながらゲッベルスやヒムラーすら手玉にとる恐るべき子供である。

6番はノインをはじめとする他の少年と何が違い、なぜ兄弟とも言える子供達を消さなければならないのか、姿を見せない少年に、底知れない恐ろしさを覚えるだろう。


子供たちを守る魅力的なオトナキャラクター

そして迫り来る親衛隊から壁としてノインを守るテオ。卓越した戦闘能力と沈着冷静な判断力で親衛隊員を退け、どうみても只者ではない男だ。そんな男がかつて総統(ヒトラー)によって発せられた命令に従い続け、抹殺指令を遂行しようとする親衛隊からノインを自らの命をかけてまで守る理由は何なのか。

そして逃亡先で邂逅し、協力関係になる8番(アハト)の壁である女性、ナオミ。雄々しく鮮やかに日本刀を操る彼女もまた只者では無いオーラを湛えているが、そんな彼女がナチスを憎む理由は何なのか。この時点ではまだ明らかにされていない設定や謎が、様々な思惑や思想が織りなす物語への期待をいやが上にも高めてくれる。

ノインは育った村が焼き払われるその日まで自分のルーツを知らずにいた。彼は自分のせいで村が焼き払われ、そのあまりの出来事に泣くことすらできなかったのだろう。まるで感情を封じ込めて過ごしているように読み取れる。さらには逃亡の過程では身を守るためとはいえ、自分の目の前で人が殺されても何も言わずにいる少年の様子は淡々と描かれていて、それが生々しく彼の絶望を描き出しているように感じられて辛かった。

そんな彼が8番(アハト)と出会い、はじめて自分と血の繋がりを持つ人間に会い、はじめて涙するシーンは、その時から止まった彼の時間が動き出すように感じられる。子供たちが自分の存在意義を問う、とても辛く悲しいシーンであるにもかかわらず安堵感を覚えた。

戦時中の狂気と絶望に支配された世界の中で、基本的に緊張しっぱなしの物語だが、時折訪れる緩和のシーンが心地よく、重くてシリアスな物語でもテンポ良く楽しむことができるだろう。

テオとナオミが協力関係となり、少しは落ち着けるのかと思いきや、ナチスの刺客は明らかにヤバそうなマッドサイエンティストを投入してくる。同胞にも凄惨な粛正を仕掛けるナチス・ドイツの狂気が迸るシーンは、下手なホラーマンガよりもよっぽど恐ろしい。そんな絶望的な状況の中、ノインとテオ、テオとナオミというバディの組み合わせでどのようにピンチを切り抜けていくのか楽しみだ。

先の大戦から72年。第2次世界大戦の終戦から2年後に創設された終末時計が2年ぶりに針を進め、終末の時まで2分30秒前まで迫ったそうだ。ニュースなどで耳にする世界情勢も緊迫していて、にわかに有事の気配を感じる今だからこそぜひ手に取り、読んで欲しい。

レビュアー

宮本夏樹 イメージ
宮本夏樹

静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。

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