『進撃の巨人』が「このマンガがすごい!2011」で1位に輝き、まわりに置いて行かれまいと読み始めた時には、立体機動装置や首筋にある巨人の弱点が当たり前の前提知識とあの有無を言わせぬ説得力で語られているので、なるほどそういうもんなのね、と特段疑問を抱かないまま作品世界に入っていくことができていた。
しかし、巨人の弱点をどうやって知り得ることができたのか?とか立体機動装置みたいな特有の技術はいつごろ成立したのか?というような設定面に関することが次第に気になってしまう設定厨の皆さん、お集まり下さい。
ウォール・マリア歓楽前の様子
タイトルの「Before the fall」という副題の通り、本作はウォール・マリア陥落前までの物語を描いた「進撃」シリーズのスピンオフ作品だ。
講談社ラノベ文庫より2012年に刊行された涼風涼による小説版『進撃の巨人 Before the fall』(以下本作)を原作に、士貴智志によってコミカライズされた、『進撃の巨人』(以下本編)の前日譚に当たる。
『進撃の巨人』本編を読んでいる読者には巨人はどこからやってくるのかとか、巨人の正体は何なのかが明かされていて、すでにご存じだと思うのだけれど、本作の時代ではそんなことはまったく知る由もない。何しろ『進撃の巨人』のエレンやリヴァイが活躍している時代からから遡ること70年前になる。
巨人のうなじにある弱点の存在も知らず、人間の背丈よりも高い巨人の首筋など攻撃もできず、そもそも巨人の皮膚を通せるだけの堅さをもった武器も持っていない。そのため巨人とは不死身の存在で倒せないものだと思われていた時代である。そんな状況に置かれ壁の内側に閉じこもるしかなかった人類による、『巨人に立ち向かうための力を得て、叛逆の第1歩を踏み出すまでの物語』これが本作の大筋である。
コミカライズ版が原作小説版と違う点として、巨人が吐きだした母親の死体から生まれたがために“巨人の子”として忌(い)み嫌われた存在として虐げられてきた少年キュクロを物語の主人公として据えて再構成されていることがあげられるだろう。
やがて人類で初めて立体機動装置を駆って巨人を殺した男となるキュクロを通して物語が進行するので、よりマンガらしいダイナミズムを感じられる良いアレンジだ。
さて、『進撃の巨人』本編を未読で本作『Before the fall』から読み始めるという方は少ないと思うのだが、原作未見のスピンオフだから敬遠するのは勿体ないほど、1つの物語として完成している。
巨人と渡り合うための力を得るために人々が多くの犠牲を払いつつ、次の世代へ命を繋げていくために、小さな物事を1つ1つ積み重ねていくことで困難を乗り越えていく普遍的な物語といえよう。それは天才科学者が一気にモノゴトを解決するような安易な物語ではなく、襲いかかる困難に対して決して諦めない信念を持った「その世界に生きる普通の人」の強さを感じさせてくれる。
もちろん、原作ファンにとって本作は『進撃の巨人』の作品世界に厚みを持たせ、語られなかった裏側を見せてくれる正統派のスピンオフ作品だ。本編の作品世界に登場するさまざまな「なぜ?」に対する回答や伏線も数多く登場し、本編とリンクする小ネタもちりばめられている。隠された設定が気になっちゃうあなたや、文脈を重視しちゃうあなたのようなファンならば全体を俯瞰して捉えられるようになる本作は必修科目と言えよう。
文明の進歩を見ているような立体機動装置ができあがっていく過程もまた面白いのだ。
巨人の弱点はどうやら「うなじ」のようだ → 縦軸の移動ができる装置を作ろう(立体機動装置の黎明)
巨人の皮膚が硬くてふつうの武器では傷すら付けられない → 黑金竹で武器を作ろう(黒金竹の素材実用化)
縦移動ができるようになっても巨人は動き回るから横軸の異動も必要 → (立体機動装置の基本が完成)
……というように、1つ1つ巨人打倒への歩みを進め、他にも様々な工夫をもとに合理的な形と操作体系に落ち着いて立体機動装置や黑金竹のブレードが出来上がっていくのは人間の英知を感じさせてくれる。
『進撃の巨人』本編は24巻(12月8日発売)を数え、この世界の謎が次々と明らかになっている今、改めて本作を読んでいくと、後知恵ながらさまざまなシーンにおいて本編とのつながりを見つけることができるのできっと驚かされるだろう。
レビュアー
静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。