本作の作者、朝基まさしは『サイコメトラーEIJI』『クニミツの政』『シバトラ』など、「週刊少年マガジン」の看板作品を次々に手がけ、高い人気を維持してきた作家です。’90年代そして’00年代の「週マガ」を彼ぬきで語ることはできません。マンガ界随一のヒットメイカーであり、成功者であると言っても過言ではないでしょう。
近年は「ヤングマガジン」に活動の舞台を移し、長くコンビを組んでいた原作者の安童夕馬(樹林伸)とともに、『でぶせん』や『サイコメトラー』など、往年の続編にあたる作品を執筆していました。
「ヤングマガジン」は青年誌(オトナ向け雑誌)ですし、わたしはオトナですから、この展開は嬉しいものでした。自分が若き日に親しんだエイジやトオル、みっちゃんに再会できる! それは喜びでした。同じことを感じていた元・少年、現・オッサンもたくさんいたことでしょう。
かつて『サイコメトラーEIJI』で朝基が描いていたチームの抗争(ケンカ)はそりゃもうすごいもんでした。ケンカはマンガの題材でもっともポピュラーなものであり、大昔から幾度となく表現されていますが、朝基が描くそれは他の作家が描くものとは一線を画していました。チームのケンカは、番長率いる不良グループのケンカとはまったく違う。それが絵で表現されていたのです。言葉をかえれば、そこには「新しい時代のケンカ」が描かれていたのでした。
それから幾星霜。ケンカは変わらずよく表現される題材であり、朝基も幾度となくそれを描いていましたが、いつしか以前のようなものを感じとることは減ってきました。慣れてしまったのかもしれないし、わたし自身がそれを読み取る感受性を失ってしまったのかもしれません。
さて、『マイホームヒーロー』です。
この作品に接したときのわたしの喜びは、筆舌に尽くしがたいものがあります。マンガ見てこんなに嬉しかったのは、はじめてじゃないかな。近くに人がいたら間違いなく話しかけていたでしょう。
「見てこれ、オッサン」
なんのことかわかる人はほとんどいないでしょうから、相当ヘンな人だったはずです。ひとりでよかったなあ。
『マイホームヒーロー』の主人公はオッサン──47歳の中年サラリーマンです。高校生の娘には嫌われ、部屋にも入れてもらえません。医者には内臓脂肪過多を指摘されているし、臆病だし、いかにも気弱そうで、「これまで大過なく人生を送ってきました」という、まあよくいるタイプです(じつはそうでもないことがのちに明らかになる)。
この人が後戻りのできない罪を犯す。これが『マイホームヒーロー』の骨子ですが、この人が登場した段階ではまだ何も起こっていません。話がはじまってもいないのです。
だが、嬉しかった。炎天下で一心に働いていた男が、水に接したときは自分みたいな気持ちになるのかもしれないと思いました。ああ、俺は乾いていたんだ、欲していたんだ。水を得てはじめて、そのことに思い当たりました。
オッサンを描けるのはオッサンだけです。人は、その位置に立たなければできないことがある。このマンガはまさにそうで、朝基まさしが年齢を重ねなければ描けなかった作品です。
言葉にすると簡単ですが、これはとても困難なことです。うまくやってる中年をほとんど見たことがありません。
若い頃モテまくってたイケメンの兄ちゃんは、年取ってハゲて腹が出て加齢臭がぷんぷんするようになっても、以前と変わらずイケメンを演じ続けてしまいます。今の彼に合ったキャラクターがあるはずなのに、そちらに移行することはできません。
長くイケメンをやっていたから……というより、それで勝った経験があるためでしょう。勝利の美酒とはそれほどに強烈なのです(飲んだことないですが!)。
しかも、彼のあやまちを指摘してくれる他人はまずいません。だってそれ、かつては正しかったんですよ? 今は間違いだなんてよほどの確信がないと言えないでしょう。こうして、裸の王様ができあがります。「老害」も基本的には同じメカニズムで生まれます。
過去の業績が偉大であればあるほど、現在の自分と向き合うのは難しい。
しかし、朝基まさしはそれをやってのけました。今の自分は何を描くべきか理解し、今の彼にしか描けないものを描いてみせました。ひょっとすると、原作者を立て、みずからは作画に徹するという立ち位置が、この英断を可能にしたのかもしれません。
いずれにせよ、この作品は朝基まさしの勝利の証です。
じつはこのドラマ、主人公のサラリーマンだけでなく、敵役のヤクザをしたがえた詐欺師も、家族を守りたいという同じ感情で動いています。
つまり、ここにいる誰もが、子を持つ親だからこそ持ち得る感情をもって動いているのです。言いかえればこれは中年の、オッサンの物語です。
オッサンオバサンにはもちろん読んでほしいけれど、その子供にも接して欲しいと思っています。あなたのお父さんやお母さんがどんなことを考えているか、きっとわかるはずだよ。
ただし、『マイホームヒーロー』は次の重要なこともハッキリと表現しています。
「親の子への愛情は一方通行で、子に理解されることはない」
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。