学校を舞台とするラノベは多々あれど、教師が主人公のラノベとなるとかなり珍しい。自分がパッと思いついたのも『円環少女』や『リーングラードの学び舎より』(こちらはWeb小説からの書籍化)の2作品だけ。まあ詳しい人に聞けば「『召喚教師リアルバウトハイスクール』とか『スクランブル・ウィザード』とかあるじゃん?」という具合に色々と教えてもらえそうだが、それらを含めてもやはり「教師物」の作品は少ない。そういう意味で、左和ゆうすけ『最強秘匿の英雄教師』は貴重な作品といえるだろう。
あらすじを紹介しよう。漆黒の悪魔デモニアに対抗するため、その悪魔の力・ルヴィナスを用いてデモニアと戦う存在のことを劔氣士(ウォルフ)といった。銀髪の劔氣士ラッシュ・ブレードは、デモニアに操られ、およそ3ヵ月もの間人類の敵として味方を襲い続けた。
正気に戻り自分の犯した罪の重さを知ったラッシュに対し、ナジェスティア公国最高評議会が提示した償いの方法は、教師として後進を育てよというものだった。ルヴィナスをあやつる才能は生まれつき決まっており、努力や鍛錬では向上しない。それが世の常識となっていた。けれど英雄ラッシュはかつてある人物のルヴィナスを引き上げることに成功していた。もし教育によって一般生徒たちのルヴィナスを強化できるなら、ラッシュによって削り取られてしまった戦力を取り戻し、デモニアとの戦いも優位に進むかもしれない。そう考えたナジェスティア公国最高評議会によって、彼はアレス・クワトロスと名を変え、エルガンテ劔氣士養成学校の平民クラスを受け持つことになる……。
作品の傾向としてはシリアス寄りと言えるだろう。ラッシュは物語の開始時点で大事な人を殺しているし、デモニアたちは標的を選ばない。登場するキャラクターの誰しもが安全とは言い切れず、常に死の匂いが漂っている。
ところが、読んでみるとこれが意外とのほほんとしているのだ。その原因は授業風景にある。ラッシュは英雄ではあったが、教壇に立つのは初めてのことなので、一生懸命やろうとしても空回りしてばかりいる。例として必殺技の訓練シーンを見てみよう。
──ベノンの訓練用に開発された特注のデモニア人形相手に、生徒たちが必死にヴァリキュラス・ソードを叩きつけていく。
「駄目だ駄目だ。もっとビュンビュンやれ!」
「ほらそこ、グッと押し込んで、スパーンとやる!」
「何をやっている! こう、シュ、スパーン、ザシューンだ!」──(p59)
まさかの長嶋茂雄スタイル。
天才の考えることはわからない。他にも特訓と称して持久走を始めたり、国王からもらった訓練用の道具を売り飛ばして粗悪品を買ってきたりと、彼にしかわからない理由があるとはいえ、もはや教育者の行動としては奇行の域に達している。当然、凡人である生徒たちがそんな教育についていけるはずがない。天才・ラッシュの教えに振り回される生徒たちの困惑ぶりたるや、ひょっとしたらこの作品一番の見所と言えるかもしれない。
もちろん最初に書いた通り、とぼけた教育風景ばかりが売りの作品というわけではない。異世界ファンタジーとしても設定が練り込まれていて、その発想の数々は実に興味深かった。たとえばルヴィナスはそのカラーによって強さが違うのだ
──仮に黒のデモニアの強さを一とすれば、そのワンランク上の灰のデモニアの強さは七となり、さらにワンランク上の緑のデモニアは四十九といった感じだ。──(p46)
同じ計算が敵にも適用されている。デモニアの脅威度をわかりやすく示すだけでなく、ルヴィナスの色から都市ごとの戦力を算出できるようにしているなど、細かく練られた設定の数々が世界のイメージを膨らませることに成功している。ひょっとしたら、作品に盛り込めずに没にしたサイドストーリーもたくさんあるのかもしれないと期待してしまう。
物語としては単巻で綺麗にまとめられているため、続刊が出るかどうかはわからない。この魅力的な設定を応用すればシリーズ物として続けることも不可能ではないだろうが、逆にまったくの新作でもこの濃さを発揮できるならそれはそれで楽しみだ。作者の今後に注目したい。
レビュアー
ミステリーとライトノベルを嗜むフリーライター。かつては「このライトノベルがすごい!」や「ミステリマガジン」にてライトノベル評を書いていたが、不幸にも腱鞘炎にかかってしまい、治療のため何年も断筆する羽目に。今年からはまた面白い作品を発掘・紹介していこうと思い執筆を開始した。