お菓子というにはあまりに甘く、なにより毒が強すぎる。
タイトルから和菓子屋さんが主人公のマンガだと勘違いしそうになるが、『飴菓子』の舞台は日本ではない。飴細工職人なども登場しない。この作品に出てくるのは、飢えた「古狼」と、強力な毒をもつ「飴菓子」という植物だ。古狼は人間とよく似た姿をしており、飴菓子も見た目は可憐な少女である。手のひらサイズで、言葉を交わし、熟したのちは古狼に食べられる運命にある。
主人公の糸巻(いとまき)は祖父から古狼の血を受け継いでいる。母の作る甘すぎるアップルパイが好きで、最近やっとコーヒーが飲めるようになったばかりの普通の少年だったのに、ある日突然食事を受け付けなくなってしまった。眠っていた血が目覚め「飢餓期」が始まったのだ。祖父は彼を「古狼の谷」へ連れ出し、過酷な自然の中に置き去りにする。曰く、ここで飴菓子を見つけろ、1年間守り通せ、熟した飴菓子を食って飢餓期を終わらせろ——。やがて糸巻は、洞窟から漂う甘い香りに誘われ、1輪の花から生まれ出でた美しい少女と出会う。彼だけの飴菓子だ。
古狼と飴菓子は、言うなれば相利共生関係にある。
飴菓子は古狼の血を吸って成長し、1年かけて毒を消し去る。「食べ頃」になれば熟したタネを身体ごと古狼に捧げる。もし古狼に食われなければ、そのまま爛熟し、腐り、あっさりと死に至るのみ。一方、古狼は飴菓子に血を吸われることで飢餓感を麻痺させ、身体能力を向上させる。そうして飴菓子が熟すまで、飢えや他の古狼、自然の脅威から飴菓子を守り抜き、毒が消えた頃に文字通り彼女を食らい、飢餓期を終わらせる。
残酷な設定と言って差し支えないだろう。古狼は飴菓子との出会いを避けられない。
本能にハードコーディングされた運命は全ての古狼に生と引き換えの共生を強いる。互いに心まで木石であればなんの問題もなかろうに、飴菓子は美しい少女の姿で、言葉を喋り、思いのたけをぶつけてくるのだ。たとえ最初は降りかかる運命や飴菓子の毒を忌み嫌っていたとしても、1年も苦楽をともにすれば、同情と嫌悪の泉にさえ愛着が湧く。
この冬を越せば飴菓子が熟す。そう分かっていたはずなのに、糸巻は彼女の声に心地良さを感じるようになってしまった。
やがて季節はめぐり、彼女を食べる日がやってくる。
以上が『飴菓子』1、2話の大筋となる。
一読したときはその後もオムニバス形式で古狼と飴菓子の関係が描かれるのではないかと思ったが、そうはならなかった。3話から先は10年後の世界となる。そこには古狼と飴菓子、そして人間の物語が用意されていた。
糸巻と飴菓子の出会いから数年、ある奇矯な博士の手によって飴菓子の人工栽培が確立された。人々はこぞって飴菓子を求めた。大富豪は鑑賞用に、薬屋はその猛毒に目を付け、ある者は"古狼の秘薬"という噂に夢中になった。飴菓子の人工栽培で町は成長し、やがて「飴山町」と呼ばれるようになった。
こちらで登場するのは「天然モノ」の緑色をしたちび飴菓子である。脱走に失敗して足を傷だらけにした彼女は、もう"飴玉"として店先に並べるわけにはいかない。しかし天然の飴菓子が持つ強力な毒にはまだ商品価値がある。彼女は薬屋に売られ、生きたまますり潰されることになった。
最後の晩餐として与えられた古狼の血——、飴菓子の食事。それを拒絶する彼女の前に糸巻が現れる。少女は糸巻を泥棒だと思い、自分を盗み出すよう誘いをかける。そうして彼女は上手いこと糸巻の助手の座におさまり、小さな足を懸命に動かして彼の後ろをついていく。
ちび飴菓子は糸巻と行動をともにすることでいくつかの事件に関わっていくことになる。栽培される飴菓子とそれを狙う古狼、美貌の飴菓子の競りに参加する人間たち、犯罪まがいの手段で飴菓子を仕入れる業者たち……そうした数々の事件を経て、糸巻の10年と飴菓子にまつわる謎が徐々に明らかになっていく。
現時点では物語がどこへ向かって転がっていくかは分からないが、筆者としては10年後の物語を興味深く読んでいる。
1、2話から分かる通り、古狼と飴菓子の共生関係は悲劇以外の結末を許さない。しかしここに人間が加わることで、生きるための「食う」「食われる」の関係に綻びが生じる。その先にはひょっとしたら、異種族間の純愛を乗り越えた幸せがあるのかもしれない。もちろん糸巻がちび飴菓子を食って終わる、という結末も考えられるし、それはそれで美しく残酷な物語に仕上がるだろう。いずれに転んでも面白いと感じる時、抱くのはただ最後まで見届けたいという思いのみだ。
とはいえこの世界がはらむ毒はいささか強力である。作中で飴菓子に触れた人間たちが毒死するように、お菓子のつもりで『飴菓子』をつまめばただでは済まない。人によっては古狼と飴菓子の関係からカニバリズムの匂いを読み取るだろう。香りづけ程度ではあるにせよ流血などの残酷な描写もあり、内面のエゴも存分に含んでいる。
だが、ハードルとしてはさほど高いわけではないし、繊細な絵柄やキャラクター同士の関係性が持つ魅力には抗いがたいものがある。ちび飴菓子の奮闘はいかにも可愛らしく、糸巻の苦悩に深々と刺される読者は少なくない、と筆者は見ている。
甘い毒は飲みやすいのだ。
レビュアー
ミステリーとライトノベルを嗜むフリーライター。かつては「このライトノベルがすごい!」や「ミステリマガジン」にてライトノベル評を書いていたが、不幸にも腱鞘炎にかかってしまい、治療のため何年も断筆する羽目に。今年からはまた面白い作品を発掘・紹介していこうと思い執筆を開始した。