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2026.10.05

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あなたの為に奏でた音が世界中を驚かせる!! 9本の指の天才少年がクラシックの頂点へ!『ラブソング』

小指の動かないピアニスト

ピアニストにとって、右手の小指が動かないことは、どれくらい絶望的なことなのだろう。
本作『ラブソング』の主人公・陣は、日常的に暴力を振るうロクデナシの父親に踏みつけられ、小指が動かなくなった。天涯孤独となった陣は、思わぬ人の養子となり、その人を母と呼ぶことになる。
女性にだらしなく、四股生活を送っていた父が、最後まで選ばなかった女性・春海来冬。彼女が、なにをどう思って「母親になる」と名乗り出たのか分からない。同情とか憐憫とか、自分を引き取る理由などどうでもよかった。陣は、場末の酒場でピアノを弾くバイトを続けられれば、それでよかった。
誰かがピアノの音色に耳を貸すことも、評価することもない。ただ鍵盤を叩くこと、それが彼のすべて。
わかってるって
何もないオレには──
ココがお似合いってことくらい
そんな酒場のバイトを、陣はつまらない暴力沙汰で失ってしまう。父親も、酒場の主人も、ケンカをふっかけてきた若い男も、陣にとって“どれくらいピアノが大切なものか”を知らない。しかし、そのことを理解する人がいた。
24歳の女性が、血の繋がりもない子どものために防音マンションに引っ越して、アップライトピアノを買い与える。その無謀さを、陣は「マジでバカだって」と言う。しかし、彼女はこう宣言する。
かわいそーな女の人生、
一回くらい思いっきり誰かを大切にしたいじゃないですか!

あなたが人生って最高だ! って思えた時に、
初めて家族になれると思うんだ。

私は
春海陣を世界で一番自由な子にします!

わがままの限界について

小指が動かない陣が、どうやってピアニストになるのか? 師やライバルとの出会いとか、世界的なコンテストへの道に進むとか、物語の主線はまだこれからの展開だ。であるにも関わらず、本作はグイグイと読ませる魅力を湛えている。陣を囲む来春や学校の先生、友人たちのキャラクターは、誠実でやさしく、雨に濡れた野良犬を受け入れる里親のように正しい距離感で接していて心地よい。これまでの陣の人生を考えると、人とのめぐり合わせが急に好転しすぎかもしれないけれど、それだって「陣がハズレくじを引きすぎて、残った“あたりクジ”を引き当て始めたに過ぎない」と思えるくらいに、自然に贔屓している読者の自分がいる。

もうひとつ魅力を挙げるとすれば、語り口の巧みさだ。
陣は、これまで夢を持ったことがないし、自分の言葉を受け止めてくれる相手もいなかった。だから、自分の気持ちを言葉にすることができない。本作は、陣の抱えている言葉にできない気持ちを、簡単に言葉にしない。すごく遠回りをしながら、陣の気持ちを解きほどき、きっちり絵で見せてくれる。(思わず熱いものが目頭に溜まってしまった)こんなシーンがある。

来冬との生活が始まり、陣は“遠慮”をしながら少しずつ心を開き始める。そんな陣の“遠慮”を感じて、来冬は“遠慮の先回り”をする。それは、天才少女と言われるピアニストのコンサートチケット。ふたりで観に行ったコンサートで、陣は、ある夢を抱く。

陣は、進路指導の先生に“これまで持ったことも、語ったこともない自分の夢”について語る。
スゲーとこで弾いてる自分を考えたりする
陣がピアノを弾くために、来冬は無理をしているし、もし夢を叶えようとすれば、来冬はさらに無理をするだろう。ピアノはもう手にあるのだから、無理をする必要はない。人生は一度きり。誰かの犠牲のうえに、自分だけが救われるのは変だ、と陣は考えている。そして「スゲーとこで弾いてる」自分自身に、なにか違和感があるのだという。というのも……、
そんな陣に、先生は言う。
(めちゃくちゃいい先生だな)

そして、その日の帰り道。陣は、街頭ピアノで天才少女が弾いていたショパンを弾き始める。
あいつみたいにオレだって──

なぁ“オレだって”  

…何?
陣は、ピアノを弾いて自分の声に耳を傾ける。そして思い浮かぶのは来冬の顔。
スゲーとこで弾いている自分が集中を欠いて、よそ見をしている。その自分が探しているのは、来冬の姿なのだ。遠慮しながらの、血の繋がらない母と子の関係でありながら、すでに心の奥深くで繋がっているふたり。陣にとって、それは初めて知る“甘え”であり、“欲”なのだ。そんな陣の心情を、よそ見をするふたつのコマを繋いで伝える巧みさ。本当にうまいと思う。

陣が街頭ピアノを弾くシーン。それをこっそり同級生が隠し撮りしていて、ピアノコンクールの審査に出すところから、また物語は展開していく。この漫画は、そういう誠実でやさしい人たちに支えられ、小指が動かない陣がピアニストになっていく美しい話……には、なりそうにない。
第1巻の最後のページはこうだ。
人が人を救うとはなんなのか?
心の奥底をじっと見つめる作品になりそうだ。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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