主人公は、楽器販売店「松花楽器」に勤める若きピアノ調律師・向井智。かつてショパン国際ピアノコンクールのファイナリストとして一ノ瀬海と競い合った彼は、いつの日か海の専属調律師になることを決意。愛するピアノの傍らにいながら、「奏でる者」から「整える者」に転身した主人公の道のりがドラマティックに描かれていく。楽器業界を支える職人たちの仕事に迫る、ディテール豊かな描写も見どころだ。
一ノ瀬海とコンクールで競い合うほどの実力者だった向井青年にとって、ピアノから「求める音」を出すための調律は簡単に手加減できるものではない。だが、彼は社会人として「許された範囲内で、求められている仕事を見極め、できるだけのことをする」日常業務との向き合い方を上司に叩き込まれる。そんな状況で、顧客も自分も満足できる最良の方法を見つけ出そうとする彼の葛藤に、社会人になりたてのころの自分を苦笑まじりに思い出す読者も多いのではないだろうか。
同時に、まるで似た者同士の魂がお互いに呼応するかのように、向井青年の前には苦悩や苛立ちを抱えた天才たちが次々と現れる。類まれな演奏技術を持ちながら、自信のなさと心の揺れがダイレクトに指運びに表れてしまう音大生・神森雅。どんなに小さな不調や不具合も聴き逃せない、カリスマ的お騒がせピアニスト・満月カレン。向井青年は彼女たちの激情に圧倒され、翻弄されながら、楽器だけではなく「心」の調律にも努める。
素朴なシンプリシティと親しみやすさを湛えた描線の魅力、そして現実の厳しさも織り込んだ濃密かつ苛烈なドラマの絶妙なバランス感覚は、『ピアノの森』同様、今回も健在だ。
独立したストーリーとしても十二分に楽しめる本作だが、端々に『ピアノの森』とのリンクを見つける楽しさもある。
劇中には、一ノ瀬海の姿も思わぬタイミングでたびたび登場(今回の2巻では、主人公の自宅に貼ってある巨大なポスターとして)。そんな若干怖くなるぐらいの「カイくんへの熱い思い」が、今後どのように変化するのか、あるいは揺るぎなく強度を増していくのか、もしくは本格的な邂逅シーンが待っているのか……その行く末も見どころだ。







