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2025.05.18

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すべての音楽ファンに贈る! ハロルド作石が放つ新たなバンド物語『THE BAND』

主人公の新木友平は、小学校5年生のときに母親に連れられ、人気のバンド「JUST KIDS」のライブを初体験。そのときに直感した。
これと同じこと 俺にもできるんじゃないかって
しかしその感覚は、誰にも話せなかった。

小学校でいじめられていた友平は、ライブで買ったバンドのステッカーをキッカケに、同じライブに行っていたという転校生・井畑眞太朗(マタロー)と仲良くなる。
そして彼にこっそり見せてもらったギターに魅入られる。

マタローは1年半後、再度隣町に転校してしまったため、二人は疎遠に。
一方で友平の受けていたイジメは中学に入ってさらにエスカレート。不登校に近い状態に追い込まれてしまう。
頑張っても笑われて はじかれて‥‥‥
俺がいてもいなくても世界は回り続けて もはや遠く 追いつけそうもない‥‥
母親も亡くし、失意のどん底にあった友平をギリギリで支えていたのは「JUST KIDS」の曲「不満の冬」だった。

そんなとき、かつて友平が「ギターが欲しい」と言っていたことを覚えていた叔父が、中古のギターをプレゼントしてくれる。三日月形のキュートなギターの名前は「カワイ ムーンサルト」。突然、友平の人生に“変な形のギター”がやってきた。

一方、中学校で軽音部に入部していたマタロー。ギターの腕はトップクラスながら部の馴れ合いな雰囲気になじめず、ひとり浮いていた。
そのタイミングで、友平がさらにハードにイジメられていることを噂で知ったマタローは、友平のもとに駆けつける。以降、毎日のようにマタローは友平のもとに訪れ、ともにギターの練習に熱中するようになる。
その後、二人はまだまだ未熟なまま、町内の商店街で開催されたイベントで初舞台を踏むことに。しかし、そのライブはバンド仲間がドタキャンするなどのトラブルもあり、あまりにもグダグダに終わってしまう。

演奏後に「銀河系で最も地獄だったライブ」と自虐する二人。
しかしマタローはそのライブで、一部の観客からはボーカル適性の高さを見出されていた。一方でマタローは、友平の魂のこもった「ヘタクソながら“何か持っていそうな”演奏」に改めて惹かれていた。

別々の高校に入学した後、ひとりで孤独にギターの練習に明け暮れていた友平。
マタローの中学時代の同級生だった軽音部部長・八木結衣花の計らいもあり、紆余曲折を経て同学校の軽音部に所属することに。
一方でマタローは優秀な進学校に進み、同じく軽音部に所属。相変わらず完璧主義すぎて周囲から浮きながらも、全国大会に出場するほどの活躍を見せていた。

そんな二人に、友平が参加した学園祭で鬼気迫る演奏を見せていた他校の女性ドラマー、渡会香澄が絡んでくる。洋楽に惹かれ、バンドに魂を燃やす若者たちの青春群像劇が今、始まった。

伝説のバンド漫画『BECK』の作者が放つ、新しいバンドの物語

作者のハロルド作石氏は数多くのヒット作を持つが、やはりもっとも名前が挙がるのはテレビアニメ化、実写映画化、ゲーム化もされた『BECK』だろう。
1999~2008年に連載、後の音楽シーンにも大きな影響を与えたとされるバンド漫画だ。

同作では平凡な中学2年生、田中幸雄(コユキ)が帰国子女の南竜介(リュウスケ)と出会い、音楽の世界へ。天性のボーカルを発揮してバンド「BECK」に加入し、インディーズで奮闘しながら、仲間たちと音楽業界をのし上がっていく物語だ。

となるとやはり『BECK』と『THE BAND』との共通点/相違点が気になってくる。

『BECK』のコユキが初期に持っていた「自分なんかいなくても何事もなく世の中は動いていくし、人生が過ぎていくんだ」という思いは、本作の友平と共通している。というか、多くの人が中学生くらいの時期にこの事実に気づき、一度は打ちのめされた経験があるだろう。

一方で、コユキの相棒的な存在であるリュウスケは、音楽に関しては妥協を許さないが、借りたカネは返さないし、女性関係もダラシナイ。かつては車上狙いを繰り返していた不良少年だった。逆に今回、友平の相棒となるであろうマタローは、完璧主義者にして進学校でも上位の成績を残す優等生。前作でちょくちょく顔を出していた、登場人物たちのアウトロー的な雰囲気は、今のところはほとんど感じられない。
もちろん作中に「ニルヴァーナ」の「リチウム」や「グリーン・デイ」の「マイノリティ」「アメリカン・イディオット」など、世界的にメジャーな洋楽のタイトルが数多く登場するところは、2作品とも共通している。『BECK』から洋楽に興味を持ち、自らも音楽活動に没頭するようになったプロのバンドマンたちも多いと聞く。

また、この先の展開を考えると無視できないのは、音楽業界を取り巻く環境の変化だ。

『BECK』の主人公たちが組んでいたバンド「BECK」は、作中のほとんどの時期を「インディーズ・バンド」として過ごす形で描かれている。
当時の音楽業界は、メジャーレーベルが市場を独占する中で「金や人間関係のしがらみから解き放たれたインディーズ・バンドの音楽こそが本物だ」という「インディーズ信仰」が色濃く見られていた時代だった。

現在を見てみると、今でもインディーズレーベルが存在する一方で、YouTubeやさまざまな音楽配信アプリを通して、誰でも簡単に「自分の音楽」を自由に発信できる世の中になっている。個人の音楽配信動画の投稿主が、その投稿を見たメジャーレーベルから声がかかり、一足飛びにメジャーへと羽ばたいていく。そんなシンデレラストーリーも、決して珍しくない時代である。

友平やマタロー、香澄らがこの先、組むであろうバンドが、どのような活動を通してメジャーになっていくのか(もしくはいかないのか)。時代の変化を感じながら、楽しんでいきたいと思う。

レビュアー

奥津圭介

編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。

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