PICK UP

2026.05.31

レビュー

New

誰が木村を殺したのか演じよ──八年前の真実を知るために。『死んだ木村を上演』

どこからが演劇で、どこまでが現実なのか

どろぼうでもないのに演劇やバンドは「足を洗う」という言葉が妙になじむ。大半の人間にとって持続可能性の低い稼業であるところは、どろぼうと演劇とバンドは似ている気もするが、足を洗った人が「まだそっち側にいる者」へ向ける後ろめたさと憧れと嫉妬は、演劇やバンド特有のめんどくさい感情だと思う。

金子玲介さんの小説『死んだ木村を上演』をコミカライズした本作は「まだそっち側にいる人」と「そうでない人」の境界をあいまいにする物語だ。演劇学専攻かつサークルも演劇研究会という、大学時代のほとんどを演劇に包まれていた若者たちが卒業から8年後「ある真実」のために集まる。
脅迫状が届いたのだ。「誰が木村を殺したのか」と。彼らは8年前、温泉宿で卒業公演の稽古のために合宿をしていた。そしてその合宿中に “木村”は死んだ。警察による捜査の結果、他殺でも事故でもなく自殺であると断定されていた。状況を整理すればするほど自殺以外あり得ない状況だった。

でも木村とともに合宿に参加していた同期4人は「八年前の真実」という脅迫文に吸い寄せられ再び集まる。つまり、木村の死には、何か秘密があるに違いないと感じている。

だから、脅迫状の送り主である“「木村の妹」を名乗る女”に言われるがまま、あのときを再現しようとする。
当時の卒業公演の稽古を同じ場所で再現すれば、なぜ木村が死んだのかがわかるかもしれない。台本はある、演じる場所もある、そしてキャストもそろって、「観客」も1人いる。ならば演劇は成立する。

まだ演劇続けてんのすげえよ

木村の死後、劇研メンバーの4人は連絡を取り合っていなかった。8年たてば30前後、それぞれの人生はとっくに分かれている。本作はこの描写が絶妙におもしろい。ちょっとした表情やしぐさ、そして会話の遮り方で4人の関係性が少しずつ見えてくる。

“羽鳥”は気鋭の劇作家となり、“庭田”も演劇を続けている。“咲本”は演劇から遠ざかっていたが、ひょんなことから売れっ子の芸能人になっていた。
目に見えない腫れ物があるような見事なページだ。お互い、絶対に地雷を踏まないし踏ませないぞという強いガード姿勢を感じる。
“井波”は会社員になっていた。この会話もとてもいい。鳴かず飛ばずの舞台役者から漂うスネた感じと、演劇から足を洗ったカタギの無責任な嫉妬。

さて、脅迫状に誘われて温泉宿に集まった4人を待ち構えていたのは「木村の妹」を名乗る“璃佳”だ。璃佳は、自分が木村の死に疑いを持っていること、そして4人なら木村の自殺の事情を知っているのではと問い詰める。脅迫状を送ってきたのも璃佳なのだという。
咲本の指摘はもっともで、この4人の誰かが手を下したわけではなさそう。ただ、もし何か「死につながること」に関わっていたら?

4人は璃佳とともに「あの日」を再現することに。
卒業公演の稽古をしながら、その稽古を再現する。やがて物語は入れ子構造の劇中劇のようなことになっていく。
あのとき木村から何度もダメ出しを受けた庭田は、何を思っていたのか。

4人は8年前の自分を演じながら、卒業公演の役も演じ、そこにいない木村も演じることになる。当時の木村のことを思い出しながら。
容姿端麗で、誰からも好かれて、おもしろい戯曲を書けて演出もうまかった木村。架空の物語にもリアリティを追求して、追求しすぎてちょっとヘンだった木村。そんな木村の遺作を8年後の仲間たちが再現する。小説のトリッキーさがマンガでも感じられて楽しい。

ちなみに、この再現に「演劇っぽいことができて楽しいな」と興奮しているのは、今はもう演劇から遠ざかっている井波だ。彼が木村を演じて、やがて感極まって涙をボロボロ流したら……?
咲本の冷ややかな顔! 何を知っているの? 気まずいのは井波だけではない。ドラマやバラエティやCMで毎日メディアに登場する咲本にも抱えているものがありそう。そう、4人全員が「何か」を隠している。岸田賞を獲った羽鳥にも、売れない役者の庭田にも他人には言いたくない何かがあるが、稽古場でポロポロ出てくる。
これは稽古の再現でも卒業公演でもなく、2024年時点の彼らのむき出しのやりとりだ。私もこの4人と同じく演劇学専攻かつサークルも演劇だったので、思わず「ウッ」と声が出そうになる場面が多々あった。リアルです。

冒頭の腫れ物のようだった関係や、彼らの抱える後ろめたさが稽古場でさらに爆発するのだろうか。してほしいな。観客としてはソレを期待してしまう。そういう期待と予感で全身がジリジリしてくるマンガだ。

レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

こちらもおすすめ

おすすめの記事

レビュー

New

生き残るのは1人だけ! 失敗すれば即、爆発。333人の「石井」のデス・ゲーム──『死んだ石井の大群』

  • サスペンス
  • ミステリー
  • 中野亜希

レビュー

New

教室に響いたのは死んだはずの山田の声──「死」から始まる青春譚『死んだ山田と教室』

  • ミステリー
  • サスペンス
  • Micha

レビュー

「イジメ0の学校」で彼女は屋上から飛び降りた。これはイジメか、それとも──

  • 学園
  • ほしのん
  • ミステリー

最新情報を受け取る

講談社製品の情報をSNSでも発信中

コミックの最新情報をGET

書籍の最新情報をGET