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2026.05.04

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震災で離れ離れになった家族の帰りを待つ「るすばん猫きなこ」と女の子の物語

家族の帰りを待つ

大きな出来事を経験したあとで、その出来事に対して自分が何をすればいいのかわからないまま時間がたくさん過ぎて、やがて当時の凄まじさをだいぶ忘れてしまっても、得体の知れない心残りだけは自分の側から離れない。時間がたつとトゲも丸くなってしまうが、モワッとしたものはポケットの中に残されている状態だ。

今日マチ子さんの『るすばん猫きなこ』は震災の物語だ。読むと15年前に感じたあの強い感情を思い出す。津波や原発事故を描いた大きなページを開くと地響きがするようで、サッとめくってしまうこともある。サッとめくると後ろめたさを感じる。その後ろめたさは、東北で作られた電気を使って東京で暮らしてきた自分があの日からずっと抱えている感情と似ている。

それでもこのマンガを何度も読んで最後まで見守りたいと思うのは、私の心残りが「読もうよ」と呼ぶからだ。

主人公は、生まれて間もない子猫の“きなこ”と小学1年生の“ここな”。物語はきなこが0歳2ヵ月と1日目に始まる。その日、ふたりが暮らす町ですさまじい地震が起こった。その夜からふたりは「おるすばん」を始める。
そこは海沿いの町で、原子力発電所から10キロ圏内。ふたりは家族の帰りを待っている。

ちょうど同じ頃、ここなのお友達で、きなこの「おねえさん」の“さき”は避難所にいた。
明日には家に戻るつもりでいたのに故郷の町を離れようとしていた。

猫とユーレイが一人

ここなときなこはよく似ている。
ふたりが初めて会った日の朝、きらきら光る海に向かってばんざいをするここなと、
大の字で寝ているきなこ。どちらも元気で朗らかでいきいきとしている。1巻をすべて読み終わってから再びこのページを読むと、ここなの“ママ”の心配も、さきの「さいごまでせきにんをもって」の誓いも、全部に胸が痛むが、普通の春の日だったのだ。

地震が起きて、津波が町に押し寄せた翌日、ここなときなこは外を歩くことに。ふたりは、初めて会った昨日と同じように元気いっぱいだが、昨日までとは違うところもある。
きなこには影があるが、ここなの足元には影がない。ここなは家でママを待っているうちに「ユーレイ」になっていた。

ユーレイにはいくつか決まりがある。まず、ユーレイはほとんどの人間には見えない。肉体的な痛みからは解放されているが、さみしい気持ちに沈むこともあるし、うれしくて笑うこともある。そしてユーレイは移動もできない。でも猫にくっつけば移動できるらしい。とはいえ子猫の足で移動できるエリアは町の中くらい。
津波に襲われたその町には、ここなの他にもユーレイが大勢いる。ここなはきなこと一緒に「お手伝い」をたくさんする。残されたペットたちを助けたり、ユーレイが会いたがっている人を探してきたり。
ユーレイたちは自分の心残りが癒やされると空へ旅立っていく。

この町には生きている人間もわずかだがいる。たとえば近所のおんぼろ屋敷に暮らす“千代子”。千代子は避難の呼びかけに応じず家に残っていた。そしてユーレイの姿が見えるらしい。
この千代子の存在に私はとても救われた。小学1年の女の子が一人ぼっちでそこに残されているなんて考えるだけでつらく、何より15年前に実際に起こったことだからだ。

本作は私たちが知っている現実をていねいに取材したうえで描かれた物語のようだ。災害のことも、避難区域に残されたペットたちのことも、避難所での暮らしも、そして残された人たちの気持ちも物語の中にある。たくさんの「実際に起こったこと」を15年ぶん積み上げたうえで生まれたマンガであり、だからこのマンガの世界にいるユーレイたちを信じることは、私にとって、ものすごく救いになる。
そうそう、胸元が重たいと悪夢を見るし、猫はあたたかくて重たくて胸元に乗っかりがち。本作は猫の物語でもある。各話のタイトルはきなこの年齢だ。少しずつ時間が進んで、きなこも少しずつ成長していくのだろう。そして、さきも、ここなの家族も年を重ねていくはずだ。
離ればなれになった大切な人たちともう一度会うまでにどれだけ時間がかかるんだろう。このことについても私たちは15年ぶん知っている。だからたまらない気持ちになるが、私がこのマンガをとても必要としている理由もそこにある。フィクションと現実がどう重なっていくのか、静かに続きを待っている。

レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

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