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2025.12.23

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映画を知る監督と漫画家の強力タッグで描く映画業界の「裏の裏」!『極道オールアップ!』

映画を知る監督と漫画家の強力タッグで描く“お仕事コメディ”

本作は、映画の現場を題材にした、いわゆる“お仕事漫画”です。原作は、映画『ちはやふる』三部作で監督・脚本を務めた小泉徳宏。漫画を担当するのは、金魚すくいを題材にした著作『すくってごらん』が実写映画化された経験をもつ漫画家・大谷紀子。映画を知るふたりが映画制作の現場を描く、説得力満点のリアルなお仕事漫画の誕生です。

本作の主人公は元ヤクザであり、とある事情で服役後、今はケーキ店で働く奥園鯨(おくぞのくじら)、35歳。キュンキュンした恋愛映画『QUN(ハートマーク)極』(きゅんごく)シリーズの大ファンで、コワモテなビジュアルに店員からドン引きされようが、劇場で観ることを貫く『QUN(ハートマーク)極』愛に溢れる男。
そんな彼が、たまたまとある映画のロケ現場に遭遇。そこで撮影中に人の通行を止める「人止め」をしていた映画スタッフの葉月瑠衣(はづきるい)と出会い、運命の歯車が回りだします。鯨が働くケーキ店がこの映画の撮影現場として使われることになり、この体験がきっかけで鯨は映画制作の道へ進むことになるのです。

意外と知らない!? 映画撮影のあれこれ

本作における面白さのひとつが、なんといっても映画業界に詳しい原作・小泉徳宏による業界描写。映画好きならなんとなく聞きかじったことがある表現や、現場で働いていないとわからない約束事、ロケハン時の苦労など、映画撮影にまつわる様々な話題を提供してくれます。

たとえば、鯨が元ヤクザであることをうまく利用したこんな勘違いも。
映画の撮影チームってなぜか「○○組」って呼びますよね。知識のない鯨が誤解してしまうのもやむをえません。さらにこの「ヤクザ界隈と撮影業界の似通ったワード」による混乱シーンはまだまだ続きます。
死・殺・刺・盗などの漢字が頻出する野球界に負けず劣らず、撮影現場も物騒な言葉が飛び交います。

ロケハンのエピソードでは、瑠衣が探し出した候補地が、作品の出資会社と競合する企業の看板が映り込んでしまうため却下されるという悲話も。映画制作はお金がかかります。出資者がいなければ成り立ちません。そう、映画は夢を見させてくれるものであり、同時にシビアな現実を見せつけられる、そんな存在でもあるわけです。

ケータリングひとつで現場の空気が変わる! 超重要な裏方仕事

映画の撮影で意外と重要なのが、飯場(めしば)と呼ばれる、スタッフがご飯を食べる場所。つまりはケータリングです。食はすべての基本であり、腹が減ってはなんとやら。本作にて、長丁場の撮影において唯一ともいえる楽しみがご飯だという描写もあり、撮影現場がいかに過酷なのかが伝わってきます。

とある撮影現場で飯場担当となった鯨と瑠衣は、飯場が荒れ放題となっていることに気づきます。進行役がおらず、ゴミの分別もされていない。また、撮影のタイムテーブルが急に変更されたため満足に準備ができず、ぬるい食事を提供せざるをえない状況に……。その結果、現場からは不満の嵐、士気も当然ダダ下がり。

悔しい思いをしたふたりは、鯨の機転もあって、飯場を大改革。
一見、映画の制作と直接関係なさそうに見えるケータリングも、実は現場の空気を左右する大きな存在であることが示されています。監督経験豊富な小泉徳宏の視点は、現場を知らない読者に新たな発見を与えてくれるのです。

私は以前、とあるロックバンド主催のフェスで裏方仕事をしたことがありまして、バックヤードに用意されたケータリングがとても印象に残っています。まだ肌寒い時期のフェスで、事務所の偉い人が自ら手作りした豚汁が身にも心にも沁みました。もちろんゴミの分別も完璧、お弁当からお菓子までいろいろ用意されていて、決して予算豊富なフェスではないけれど、だからこそ手作り感もあって。本作を読んで、仕事仲間とワイワイしながら食べたあの昼ご飯の思い出が、温かい記憶として甦ってきました。仕事とご飯は、決して切り離せないのです!

鯨と瑠衣が映画人として成長していく物語

数々の撮影現場あるあるや初めて触れる業界の常識など、映画ファンとしての好奇心を刺激される描写が多数ある本作。しかしそれだけが魅力ではありません。ヤクザの世界から足を洗った鯨が、下っ端スタッフの瑠衣と共に、映画の撮影現場でいくつもの困難に直面しながら成長していく物語が本作の軸。
現場スタッフのちょっとした立ち居振る舞いを必死に真似る鯨。ちょっと微笑ましいワンシーンです。

実は鯨の映画現場初仕事は、ロケ現場となった彼が働くケーキ店での、音声まわりのお手伝い。高性能なガンマイクが冷蔵庫の音を拾ってしまうため、カメラが回っている間だけコンセントを抜く、という単純な仕事です。
「本番!」の声でコンセントを抜き、「カット!」の声で戻す。初めての映画の現場、しかも単調な動作を延々と繰り返すという作業に、果たして自分は役に立っているのか疑問に思う鯨。そんな彼に、店長が声をかけます。
スタッフたちの笑顔に、映画の現場で役に立てたことを実感した鯨はこの経験をきっかけに、映画制作の道へ、その一歩を踏み出すことになるのです。

『QUN(ハートマーク)極』という映画の一ファンだったひとりの元ヤクザが、(モノやヒトを) “壊す”組から、(映画を)“つくる”組へとその立場を変え、初めてのことだらけの新鮮な現場で、様々な経験を積んでいく。

映画好きの知識欲や好奇心をかき立てるだけでなく、チーム一丸となって目標を達成することの面白さ、そして本気で働く人間から沸き立つ情熱の美しさも伝えてくれる、実にドラマティックなお仕事漫画です!

極道オールアップ!(1)

原作 : 小泉 徳宏+モノガタリラボ
著 : 大谷 紀子

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レビュアー

ほしのん

中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。

X(旧twitter):@hoshino2009

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