自治体のホームページはどうしてあんなにカオスなんだろうかと昔から思っていたが、なんのことはない、行政の仕事がいろんな人のいろんな人生に関わるからカオスなのだろう。そして利用者に少しでもわかりやすいよう精いっぱい工夫するお役所の苦心も感じる。
そう、市役所は、いろんな人の、いろんな人生を支えている。
『タイマド ~タイムスリッパーおもてなし窓口~』の舞台は“ひので市役所”。そこの“タイムスリッパーおもてなし窓口”の役目は、“タイムスリッパーさん”の暮らしをサポートすること。
なぜそんなことになっているのか誰も解明できていないが、日本ではタイムスリッパーが徐々に増加しているらしい。それはひので市も例外ではなく、ちょっと未来から来たり、ちょんまげ頭の武者が戦国時代からガッツリ来てしまったり。
そして昭和生まれの私にはドキッとする話だが、今や“昭和”も“平成”も立派な過去であり、昭和のツッパリまくったスケバン女子高生と平成の顔面真っ黒なギャルがタイムスリップで来訪中。令和でスケバンはやっていけるのだろうか……そう、同じ日本でも時代がちょっと違うだけで別世界であり、異質な存在になってしまう。でも日本国憲法だってあるし、タイムスリッパーさんにも人権があり、生活がある。なるほど、これはお役所の出番だな。
ひので市役所で働く“谷中りん子”はタイムスリッパーおもてなし窓口に配属されたばかりの新任職員。どこかすっとぼけた感じが非常にチャーミングな女性だ。
タイムスリッパーを「おもてなし」せよといわれても、じゃあどうすりゃいいのか、りん子にはサッパリわからない。たしかに私にもわからない。
わからないままだが、りん子にも業務が降ってくる。どうやら無届けのタイムスリッパーが隠れ住むアパートがあるというのだ。
市民からの通報を受けて、りん子が現地に赴(おもむ)くと……?
ドアをピンポンしながら「昭和時代の頑固オヤジじゃありませんように」と念じたり、アパートの床に転がる酒瓶を見て「こういうタイプか~」とひるんだり、りん子が「おもてなし課」での業務に及び腰なのが伝わってくる。やる気がないわけじゃないが、仕事とどう向き合っていいのかわからない公務員、といったところだろうか。
そして市民からの情報提供(という名の苦情)通り、その荒れた部屋には野良タイムスリッパーらしき人物がいた。
昭和オヤジではなさそう。彼の名前は“蓼小路征丸(たでのこうじせいまる)”。明治35年生まれの小説家だ。りん子は少しずつ聞き取りを進め、彼がどんな人物かを探っていく(ここでもりん子の及び腰っぷりと内心のツッコミが面白いのでお楽しみに!)。
「タイムスリッパーの皆さんは非常に混乱しています」
SF的なつくりの本作は、りん子のお役所仕事物語でもある。
りん子の全身からだだ漏れの「とりあえずやってみた」感! そして行政からの支援を拒むタイムスリッパーさんの心の内はどんなものなのか。
混乱、不安、そして想像もできないくらいの“孤独”。蓼小路がアパートの窓辺でぼんやり外を見ていた姿を思い出す。今にも消えてしまいそうだったのは、彼が文学青年だからという理由もあったかもしれないが、見知らぬ世界に取り残されて深い孤独を味わっていたからだろう。そして、りん子の気まずい目の動き! 「わっかんね~」という声が今にも聞こえてきそう。本作はりん子の目の描写が全部とてもいい。せわしなくて正直。
なおタイムスリッパーさんたちの孤独と不安に寄り添うことだけがタイムスリッパーおもてなし窓口による「暮らしのお手伝い」ではない。
こういうリアルなところもとても面白い。確かに現代に存在しない病気が過去や未来から持ち込まれることも考えないといけないんだなあ……。システムと人間の繊細さのハイブリッドで成り立つ行政のお仕事!
やがて蓼小路もひので市役所のタイムスリッパーおもてなし窓口で届出を行い、行政のサポートを受け、タイムスリッパー専用の寮で新しい生活を始めることに。
入寮して即ありとあらゆる時代の荒波に揉まれまくっている。大丈夫?
りん子は仕事で大きなミスをしては「やっちまったー」と落ち込み、家で夜な夜な反省し、「わからない」と悩み、ちょっとずつ前進していく。
この時代で思い出を作ってほしい、これこそまさに「おもてなし」の感情だ。そして現代といえばスマホ! さあ明治生まれの文士がスマホを手にして何を思うのか。
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori