ゴリゴリのヤンキー漫画だと思っていた
『’89―長野∞連合―』、この題名と表紙を見て、本作のあらすじを完璧に想像できる人はあんまりいないと思う。
誰だって「平成の、長野県を舞台にしたヤンキー漫画だな」と思うだろう。少なくとも私はそのつもりで読み始めた。「風林火山」って錦糸で刺繍されたお祭みたいな学ランを着たヤンキーが修羅な高校に通ってバイク二人乗りして、なんでだか毎日ポカポカ殴り合う、まるで打ち上げ花火のような漫画なんだろうなって。で、その予想は当たるし、私の期待も満たされたんですよ。ヤンキー成分をたっぷり摂取できる。
長野県で最も荒れまくってる高校に入学した主人公の“京也(きょうや)”は、入学初日にこの高校のアタマである“バンちゃん”とガンの飛ばし合い。なお、まったく高校生に見えないバンちゃんだが、それもそのはず高校に5年も在籍している。見えなくて当然だった。5年もかけて、いったい何をしているのだろう。
高校5年生のバンちゃんとは違った意味で、京也も実に謎の多い男だ。彼の「今」を知ると本作がただのヤンキーボコボコ漫画じゃないことに気づく。
あの頃ヤンキーにメンチを切っていた京也は、33年後に派遣先のずさんな事故で死にかけ、労災隠しに唐揚げ弁当と1万円札を渡されている。そんな舐めた扱いを受けて言い返しもせずトボトボ歩く、弱く虚しい男なのだ。どうしてこんな人生になった? 読んでるこっちと同じく、本人もそう思っている。
で、「人生やりなおしてえよ」って49歳のおじさんが夢想するのかと思いきや、本作はそんな予定調和にも行き着かないのだ。33年前に長野で起こった「ある悲劇」が、京也の人生に得体の知れない影を落としている。
なぜか迷宮入りしたこの事件で、京也は、友人、居場所、そして左眼をも失った。しかも京也が鍵を握っているそうで……?
2022年の京也に、ある奇妙なチャンスが訪れる。
33年前の、あの底辺高校に入学した日に戻ってる!
京也がずっと悔やんできた1989年を、勇気がなくて逃げ出してしまったことを、やりなおせるかもしれない。
どこで何を間違えたのか?
そもそも京也の人生はどの辺でつまづいたのだろう。
本当なら県立のトップ高校に余裕で受かるハズだったのに失敗し、余裕だと思っていたから滑り止めなど準備しておらず、さらに高校のバリエーションに乏しい地方あるあるの展開で「県立北方高校」に入ったあたりだろうか?
都道府県の学力ランキングの諸事情を加味すると、県内最悪どころかバカ日本一確定のこの高校がダメだった?
いや。そうなる前から彼は危なっかしい。
「どう転んでも一生安泰」と将来の就職先として挙げたのはあの山一証券。つまり遅かれ早かれどん底を見たはず。見込みが絶望的に甘く、根拠のない慢心に覆われているからだ。
でも彼なりにがんばって北方高校に行こうとしていた。好きなエピソードを紹介する。
異常な短ランとギラギラした表情……! 何者!? 実はこれ、京也です。
ヤンキーに擬態するために慌てて制服を自分で破いてメガネを外して、なんにも見えないから必死に焦点を合わせようとしているだけ。予想外に擬態が上手くいってる! 健気だなあ。
で、ジーッと前を向いてたら、はからずもバンちゃんとガンを飛ばし合う状況が発生しちゃって、いろいろあって不登校になり、やがてあの失踪事件が起きた。
そのことをずっと悔いてきた京也が、タイムリープで1989年に戻ってきた。つまり、彼がやりなおすべきなのは、高校受験ではなく高校生活なのだ。
そうそう、逃げないで!!!
そうすれば、「あの事件」で失った大切な友達を救えるかもしれない。
次第に1989年の京也は変わっていく。
長野の野っ原をバイクで突っ切る美しい夜なんて最高じゃないか。そんな青春が人生に影響を与えないわけがない。
大人になった京也は、2022年と1989年を行き来するたびに少しずつ変わっていく。16歳の京也と同じくらい49歳の京也を応援したくなる作品だ。
さあ、1989年を変えてくれ。
タイムリープすると大抵「パラリー」って改造車が珍妙な音を鳴らす真っ最中だったりするので大変。心の準備ゼロでヤンキーの群れの先頭に立たされる京也に笑ってしまうが、痛快なヤンキー漫画パートが待っている。やがて「あの事件」も起こるだろう。止まっているヒマなどないのだ。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori