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2025.11.23

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星を頼りにするだけでは迷ってしまう。一流の案内人による最高の食体験を!『星なき世界の案内人』

富裕層向けの「食の案内人」が紹介する「知られざる世界」

──食べることが好きな顧客に最高の体験を──
主人公の山中道次(やまなかみちつぐ)の仕事は、富裕層向けのDMC(ディスティネーション・マネジメント・カンパニー)。
富裕層の顧客一人一人に「オーダーメイド」で旅の体験を提供する案内人だ。

彼が所属する会社「折紙案内」は、グルメ専門のDMC。
食に関わる領域であれば、顧客のニーズ次第でなんでもやる、という。

ときにはアニメで見た「登山食」を山の上で再現したいという顧客のために山岳ガイドから手配し、原作者の同行まで検討。陶芸が趣味の顧客のためには、古伊万里の食器を使う飲食店を押さえると同時に、人間国宝である窯元のもとへとアテンドする。

単に顧客に「美味いものを食べさせる」だけでなく、「最高の食体験」「運命の一皿」を提供すべく知識を得て、経験を重ねる。同時に「一流の人たち」との人脈づくりに精力的に取り組むなど、日々、研鑽を積み続けている人たちだ。

「真面目で素直で食いしん坊」だけが取り柄の山中は、難航する就職活動に辟易して飲み潰れていたところを、元ヤンキーである高校時代の先輩、佐藤(旧姓・折島/通称・オニシマ先輩)に拾われ、現在の会社で働いている。

物語は、彼の昇格試験となっていた「厄介なゲストへの対応」のシーンからスタート。
山中は直前の訪問先で気分を害したゲストを引き継ぎ、予定していた寿司店へとエスコートする。

その際も、予定時刻より「713秒」巻いていたスケジュールを(シャリの適正な温度管理を無駄にしないために)予定時刻に合わせるため、ゲストの足元を確認したうえで、次の目的地に向けて神楽坂を徒歩で散策するプランを提案する。

目的地である寿司店でも、彼を試しているかのようなゲストの言動も見事にさばく。さらに顧客の店舗への無理難題に対しては明確な「NO」を提示し、ゲストにも店側にも納得がいく解決策へと導いていく。深い知識と機転、なにより関係者との信頼関係がなければできない対応を見ると、もはや熟練のアテンダー(案内人)のような雰囲気だ。
とはいえ、まだまだ未熟な彼は、ときに飲食店側の職人のこだわりに気づけずに機嫌を損ねられたりすることもある。しかし、彼の持ち味である素直かつ誠実なリアクションと対応で、多くの飲食店のスタッフや顧客から信頼を勝ち取り、DMCとして成長していく。

この物語は、富裕層である顧客に最高の食体験を案内する「DMC」の世界に飛び込んだ「真面目で素直で食いしん坊」な青年が、特別な世界に戸惑いながらも「一流の食の案内人」として成長していく、一風変わったグルメ漫画である。

“一流の人と食が集まる世界”を垣間見せてくれる「グルメ&お仕事漫画」

原作を務めるカルロ・ゼン氏は、ライトノベル『幼女戦記』などで知られる小説家にして、漫画原作者・ゲームシナリオライターとしての顔を持つ売れっ子作家だ。
あとがきや帯の文言によると、このグルメ漫画の原作を務めるにあたり第1巻分で100万円を超える取材費を使っており、そのほとんどが現時点で自腹だという。

「売れなきゃ赤字になってしまう」というが、なんだか羨ましいような、リスクの高さにビビってしまうような……。いや、やっぱりそれが「最悪、自腹になってもいい」という判断ができるだけで、羨ましい感じはしてしまう(笑)。

それらの取材の成果だろうが、さまざまなエピソードで登場してくる高級飲食店の雰囲気や、店の職人、シェフなどのこだわりについての描写から、解像度の高さが感じられる。
なにより飲食店のスタッフにしろ、山中らの同僚も含めた「案内人たち」にしろ、「常に一流の仕事を」とこだわっている人たちへの敬意が現れているのが心地よい。
数年ほど前だったか、私自身、某金融機関が運営する富裕層向けの商品・サービス紹介サイトで、取材・執筆を担当したことがある。

その内容は、完全貸し切りとなる「ビジネスジェット」利用の提案や、自分好みの日本酒を自ら樽ごと仕込む数十万円の「酒造り体験」、もしくはご子息等への投資としての「絵画の購入」や「長期留学の勧め」など。残念ながら私自身の人生とは縁遠いものばかりではあるものの「こんな世界があるんだな」と興味深く感じられた。

一風変わったグルメ漫画であると同時に、あまり知らない世界に接することができる「お仕事漫画」という一面もある本作。今後も「なかなか庶民には触れられない“一流の人と食が集まる世界”を垣間見させてくれることを期待したい。

レビュアー

奥津圭介

編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。

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