皆さんにとって、理想の自分像とはどんな人物でしょうか?
人は“なりたい自分”を、どこまで追い求めてしまうのでしょう。
そして、それが叶ったとき――果たして、自分は本当に「自分」のままでいられるのでしょうか。
「自分とは何か」を問う、話題のSFクライムサスペンス
八田てき先生の最新作『Myther(ミザー)』は、そんな根源的な問いを突きつけてくるSFクライムサスペンスです。2025年6月17日に第1巻が発売され、すでに重版が決定している注目作となっています。
物語の舞台は、人格を理想の姿に書き換えることができるデバイス「Myther」が発明された世界。人々は自信のなさや劣等感から解放され、“なりたい自分”として生きられるようになりました。
しかしその一方で、Mytherの不正使用によって人格が破綻し、凶悪犯罪へと至る「ミザークライム」が、社会の闇で密かに拡大しています。
主人公は、日本当局直属の特務情報局に所属する男・キョウ。
感情を抑え、淡々と任務を遂行する姿はまるで「完璧な兵士」のよう。彼はミザークライムを秘密裏に取り締まりながら、ただ忠誠心のもとに働き続けます。
しかし物語が進むにつれて、「その忠誠心こそが、彼の理想像なのでは?」という疑念が生まれてきます。感情を封じ、正義の仮面をかぶるその姿に、果たして本当の「自分」は存在しているのでしょうか。謎めいたキョウというキャラクターに、読者の興味は尽きません。
ところで、私たちもまた、日常の中で“理想の自分”を演じていると思いませんか。
とくにSNS社会ではそれが顕著です。笑顔を盛った写真、前向きな言葉、洗練されたライフスタイル……それが悪いわけではないけれど、ふと、自分が何者かわからなくなる瞬間がある──。
そんな現代に、『Myther』は鋭く問いかけてきます。
「あなたは誰ですか?」――その仮面の下にいる、本当のあなたは?
本作でまず心をつかまれるのは、八田てき先生の描く圧倒的なビジュアルです。
繊細かつ耽美な作画、スピード感あるアクション、そして黒手袋やスーツなど思わず見入ってしまうフェティッシュなモチーフ。そこに漂う緊張感は、ページをめくる手を止めさせません。
さらに、セリフやモノローグの一つひとつにも丁寧な思慮が行き届いており、言葉選びの確かさがキャラクターの内面を静かに浮かび上がらせます。
また、本作はシリアス一辺倒ではありません。ふと差し込まれるコミカルなやりとりや表情が、登場人物たちの“素”を感じさせてくれます。
私は、八田先生の前作『やくざの推しごと』(一迅社)で描かれたクスッと笑えるユーモアが好きなので、本作でもそれを見つけるたびに嬉しくなりました。
※『やくざの推しごと』は、ヤクザの若頭がK-POPアイドル沼にハマり、推し活に奮闘するコメディ作品です。
『Myther』は、BLやコメディ作品を手がけてきた八田てき先生にとって、講談社での初の連載作。少年マンガ誌『月刊少年マガジン』のスピンオフWEBサイト「月マガ基地」での連載という新たなフィールドで、SFサスペンスというジャンルに挑戦しています。
ジャンルは変われど、美しく繊細な作画、丁寧で思慮深い言葉選び、緻密な構成力といった八田作品の真髄は、むしろより際立って感じられます。
理想の自分を手に入れる未来に、あなたは何を感じますか?
『Myther』は、美しさと怖さ、憧れと違和感が交差する、不思議な読後感を残します。
「こんな自分が嫌だ……変わりたい!」と一度でも思ったことのあるすべての人に、ぜひ読んでほしい1冊です。
レビュアー
Micha
ライター。フリーランスで働く一児の母。特にマンガに関する記事を多く執筆。Instagramでは見やすさにこだわった画像でマンガを紹介。普段マンガを読まない人にも「コレ気になる!」を届けていきます!
X(旧Twitter):@Micha_manga
Instagram:@manga_sommelier