グイグイと物語に引きずり込まれるクライム・サスペンス
海外では連続ドラマを制作するにあたって、膨大な時間をかけて第1話の脚本を練り上げ、映画以上の予算を第1話の撮影に注ぎ込むといいます。特にサスペンスやミステリー作品は、第1話で起こる事件で視聴者の心をガッチリ掴まないと全話を見てもらえません。この『STUNTS 9番目のゴースト』は、そんなNETFLIXやAmazon Primeの連続ドラマを思わせる本格クライム・サスペンスです。ショッキングな展開と、「えぇっ! ここで終わるの?」という強烈なヒキを見せる第1話から、一気に物語に引きずり込まれること必至です!
主人公はニューヨーク市警に着任予定の青年ジェームズ・マーティン。
カンザスの田舎町から出てきたおのぼりさんですが、成績優秀で身体能力にも秀でたエリート候補生。そんな彼が敬愛する兄は、“正道の騎士(リーガル・ナイト)”と呼ばれるジャック・マーティン検事補です。
悪を許さず、世界を少しでも正しい方へ向かわせようと誓った兄弟。「でき過ぎ兄弟による勧善懲悪の話?」と思いきや、物語は思わぬ展開を見せます。
兄弟が再会して間もなく、ジェームズは殺人現場に遭遇。
殺人現場にいたのは、血まみれの兄。そして「自分の代わりに殺人者の汚名を被って死んでくれ」と、躊躇なく弟を銃で撃つのです。大好きだった兄の変貌……。「おまえはだれだ」とつぶやき、崩れ落ちるジェームズ。……と、ここまでが第1幕の前編(第1話)。
なんとか一命を取り留めたジェームズですが、FBI捜査官のマチルダから殺人の容疑者として尋問を受けます。実は、マチルダは特殊な連続殺人事件『幽霊(ゴースト)事件』を追っており、今回の事件もそのひとつだとにらんでいて、ジェームズの証言から確信を得ます。「幽霊事件」とは、連続する警官や検察官殺しの未解決事件(コールドケース)で、殺人事件と同時に必ず失踪者が出るという特徴があります。二人は協力して、ジャックの行動を読み解き、追い詰めていきます。
その後ジェームズは、幽霊事件を追う特別捜査機関に加わります。
この特別捜査機関こそが作品タイトルとなっている「STUNTS(Special Tactics Unconventional Teams)」です。
物語の端々に散りばめられた不穏なキーワード
「幽霊」と呼ばれるものが人間なのか、本物の幽霊なのか? また「幽霊」の目的も明かされないまま、物語はドンドン進みます。次なる事件は密室殺人で、いるはずの犯人が存在し得ないというケース。ミステリー的な展開も加わり、謎は増えるばかり……なのですが、そうした謎と謎をつなぐキーワードやセリフが、実に巧妙に仕掛けられています。
たとえば、幽霊は「贖罪」という謎の言葉を残しています。これは連続殺人事件の背後に、(何者かの?)大きな罪が隠されていることを匂わせています。そして幽霊は贖罪という名の殺人を犯しつつ、捜査資料やデータを奪っていることが明らかになります。
ここでハッとするのが、この作品のサブタイトル「9番目のゴースト」。9番目が、ジャックに成り代わった幽霊を指すのか、はたまた……?
こうなると、第3幕・第4幕のエピソード・タイトルも気になります。そのタイトルとは「If you gaze long into an abyss, the abyss also gazes into you」というもの。これは哲学者ニーチェの言葉の一節なのですが、その原文の前文も含めて訳すと、「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵を覗(のぞ)くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」となります。意味深長ですよね。これに関係していそうなセリフが、兄弟の回想シーンに出てきます。
この「ジョーカー」というキーワード、さらに先のニーチェの言葉も踏まえると、幽霊と対峙するはずのジェームズの幽霊側への闇堕ちも予感させます。しかし同時に「さらには最悪の手札にもなるし、最善の切札にもなる」という言葉は、闇堕ちと真逆の可能性も残しているわけで……、う~んまったく先が読めません! どちらにしても、世界を少しでも正しい方へ向かわせようと誓ったジェームズは、幽霊が知る「罪」へと導かれていくはず。そこで彼がどう変わっていくのか? ページの隅から隅まで読み込んで、先の展開を考えたくなる1作です。
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。