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2026.06.28

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若者の75%が抱える性の悩み、既婚者のセックスレス……『SとX セラピスト霜鳥壱人の診察室』

セックスと秘密とカウンセリング

1989年の映画界は『セックスと嘘とビデオテープ』というインディペンダント作品の話題で持ちきりだった。後に『オーシャンズ11』とかを撮るスティーブン・ソダーバーグ監督のデビュー作。それを大阪梅田の三番街シネマで観終わって、客席を立つと、初老の男性が「セックスシーンが全然無いのはどういうことや!」と、映画館スタッフに詰め寄っていた。映画の話は全然覚えていないけれど、この出来事だけは鮮明に覚えている。
さて『SとX セラピスト霜鳥壱人の診察室』。その意味深なタイトルに興味を持って読み始めると「セックスシーンが全然無いのはどういうことや!」という話になるが、そう思える人は幸いである。どれも胸がギューッと絞られるような話ばかりだからだ。

セックス・セラピストの主人公・霜鳥壱人は、性の悩みを抱えた人に、こう語りかける。
ご安心下さい
セックスに悩んでいない人なんていませんよ
まるで「患者の人生=自分の人生」であるかのように、患者の悩みに真摯に向き合い、彼らの生活に踏み込むことも厭わない霜鳥だが、その言葉は彼自身にも当てはまる。少年期に受けた心の傷のせいで、霜鳥はセックスができない。自分自身の心の傷に向き合えない彼が、その悩みを共有できる恋人を得て、一筋の光明が見える……? というところまでが、本作の前シリーズ「SとX ~セラピスト霜鳥壱人の告白~」(全3巻)だった。それが2026年、Netflixシリーズ「SとX」として中島健人主演でドラマ化が決定。そして、「SとX」の新シリーズとして『SとX セラピスト霜鳥壱人の診察室』がモーニング・ツーにて連載がスタートした。

刷り込まれる罪悪感と常識の怖さ

「診察室」の最初のエピソードは、児童の自撮り被害。ある親子が霜鳥のクリニックに駆け込み、物語は展開する。
少女は、プリクラを無料でダウンロードしてくれる“代行アカウント”を利用。その違法行為について代行者から脅されて、裸の自画撮りを送信してしまう。
以前、ある教育者が「子どもにスマホを持たせることは、車を運転したことのない無免許の人間を、いきなり東京の公道を走らせるようなものだ」と語っていた。何かしてもらったら、お返しをしなきゃと考える「返報性の原理」や、徐々に要求をエスカレートさせる「フット・イン・ザ・ドア」など、人間の心理を巧みに操る術は、大人であっても有効だ。ましてや、子どもを操るのは難しいことではない。なにより卑劣であるのは、子どもの罪悪感につけ込み「自分が悪い」という意識を植え付けることだ。
そんな子どもに対して、霜鳥は「君は何も悪くない!」と自分を責める子どもの心に楔を打つ。悪いのは君を傷つけたやつで、そもそも悪意をもって行われたことに、罪を感じる必要などない。
このあと、彼女を脅した代行者を追ううちに、盗撮画像をSNSや匿名掲示板で共有する児童ポルノコミュニティの存在へと近づいていく。

このエピソードは子どもであるがゆえに、事件を「秘密」にしてしまう。秘密のままにすると、子どもは自分を汚れたもののように感じ、やがて自分自身を愛せなくなってしまう。それは大人でも同じこと。霜鳥が言うように、セックスに悩んでいない人なんていない。その悩みを「秘密」にしてしまうと、行き着くところ自分を愛せなくなってしまうのだ。「SとX」は、セックスレス、ED、挿入障害、依存症、性的トラウマ、更年期障害といった、きちんと名前のあるセックスに関する悩みも取り上げれば、自分の性器は右に曲がっている、色が変だ……といった名前のない悩みまで取り上げる。2つめのエピソードは、包茎に悩む男性のコンプレックスがテーマだ。
彼は仮性包茎であることに悩み、手術を受けるのだが、それによりセックスでイけなくなってしまう。当事者にとって、愛する人と満足のいくセックスができないことは大問題だ。しかし、当事者以外には「まったくもってどうでもいい」。ここに生まれる個人と世界の乖離。自分が“欠けた人間”だとして生きていく絶望……。

霜鳥は、そんな絶望を抱えた患者に寄り添い、正しい知識、情報をきっちり提示する。本作が教条的な性教育漫画にならず、人間ドラマとして面白いのは、「あなたの悩みは決してつまらないものではない」と必死に語りかけ、カウンセリングを通して、患者と世界を繋ぐ作業(なにより患者が必要とする恋人や、妻、夫、家族との再接続)を描いているからだ。

さて、「SとX」を読んで思い出した映画『セックスと嘘とビデオテープ』を、改めて見直した。びっくりするくらい面白かった(37年前、まったく面白くなかったのは、私が童貞だったからに違いない)。映画のなかで主人公が「世界に飢えた子どもたちがいる時に、私のくだらない悩みなんか……」とつぶやく。そりゃそうなんだけれど、飢える子どもたちがいるという問題と自分が抱えている問題は、本当は等価だ。どちらも、世界と、世界への窓口である愛する他者と繋がることでしか解決出来ない点も、また同じだ。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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