セックスと秘密とカウンセリング
さて『SとX セラピスト霜鳥壱人の診察室』。その意味深なタイトルに興味を持って読み始めると「セックスシーンが全然無いのはどういうことや!」という話になるが、そう思える人は幸いである。どれも胸がギューッと絞られるような話ばかりだからだ。
セックス・セラピストの主人公・霜鳥壱人は、性の悩みを抱えた人に、こう語りかける。
ご安心下さい
セックスに悩んでいない人なんていませんよ
刷り込まれる罪悪感と常識の怖さ
そんな子どもに対して、霜鳥は「君は何も悪くない!」と自分を責める子どもの心に楔を打つ。悪いのは君を傷つけたやつで、そもそも悪意をもって行われたことに、罪を感じる必要などない。
このあと、彼女を脅した代行者を追ううちに、盗撮画像をSNSや匿名掲示板で共有する児童ポルノコミュニティの存在へと近づいていく。
このエピソードは子どもであるがゆえに、事件を「秘密」にしてしまう。秘密のままにすると、子どもは自分を汚れたもののように感じ、やがて自分自身を愛せなくなってしまう。それは大人でも同じこと。霜鳥が言うように、セックスに悩んでいない人なんていない。その悩みを「秘密」にしてしまうと、行き着くところ自分を愛せなくなってしまうのだ。「SとX」は、セックスレス、ED、挿入障害、依存症、性的トラウマ、更年期障害といった、きちんと名前のあるセックスに関する悩みも取り上げれば、自分の性器は右に曲がっている、色が変だ……といった名前のない悩みまで取り上げる。2つめのエピソードは、包茎に悩む男性のコンプレックスがテーマだ。
霜鳥は、そんな絶望を抱えた患者に寄り添い、正しい知識、情報をきっちり提示する。本作が教条的な性教育漫画にならず、人間ドラマとして面白いのは、「あなたの悩みは決してつまらないものではない」と必死に語りかけ、カウンセリングを通して、患者と世界を繋ぐ作業(なにより患者が必要とする恋人や、妻、夫、家族との再接続)を描いているからだ。
さて、「SとX」を読んで思い出した映画『セックスと嘘とビデオテープ』を、改めて見直した。びっくりするくらい面白かった(37年前、まったく面白くなかったのは、私が童貞だったからに違いない)。映画のなかで主人公が「世界に飢えた子どもたちがいる時に、私のくだらない悩みなんか……」とつぶやく。そりゃそうなんだけれど、飢える子どもたちがいるという問題と自分が抱えている問題は、本当は等価だ。どちらも、世界と、世界への窓口である愛する他者と繋がることでしか解決出来ない点も、また同じだ。








