友達や周りの人が「好きになるのはやめておけ」という相手は98%くらいの確率で本当にやめておいたほうがいいのだけど、大抵突き進んでしまうし、私たちは残り2%の可能性のことを忘れない方がいいんです。その2%は、だいたい大当たりなので。
『とことんクズな渡良瀬なのに』のクズこと“渡良瀬”も、誰に聞いても「やめておけ」と即答されちゃうような男の人。
この、よからぬコトを考えていそうな顔! 第1巻から渡良瀬のクズっぽい瞬間をピックアップするのは簡単。そんな彼のクズさは日本中に知れ渡っています。
渡良瀬は単独ツアーも決まったし、テレビのバラエティにも引っ張りだこ。
そんな渡良瀬のオンの顔もオフの顔も至近距離で見ることになるのが、渡良瀬の相方・花沢の妹“ののか”。
北海道の端っこから東京に憧れて上京してきた彼女は、お金がなくてお兄ちゃんの家に転がり込むことに。お笑い芸人として成功しているし、優しいお兄ちゃんは「一緒に住もうよ」と言ってくれたし。そしたら相方の渡良瀬も同じ家で暮らしていました。
北海道のほのぼのとした環境から一転、都会のクズとの同居生活は刺激たっぷり。そもそも慣れない東京での新生活だって大変なのに!
でも、そんな不安だらけのののかに、クズの渡良瀬は優しくて……?
ののかがピンチのときには、いつも渡良瀬がさりげなく助けに来てくれます。街を歩けばすぐに目立つ人気芸人なのに、マスクもしないでオーラ出しまくり、周りの人が騒いでも堂々としてかっこいい。なんだかホッとする。「のーの」って呼び方もなんだかキュンとなる。
あれ? もしかして渡良瀬ってクズじゃないのかも? 本当はいい人なんじゃない?
いや、距離が近すぎるし、やっぱりクズっぽい~! このアップダウンの激しさにクラクラしていくうちに、ののかは渡良瀬のことを大好きになっちゃうんです。しょうがないよね。
キュンとするような恋に憧れてはるばる北の大地からやって来たハズなのに、上京するやいなや「“500人斬り”のお笑い芸人」の赤裸々な私生活を目撃することになったののか。
出待ちのファンの子と簡単につながるし、取っ換え引っ換えいろんな女の子と浮名を流してきた渡良瀬を、ののかは「クズだ」と思うし実際ほとんどクズなのに、ところどころのポイントがクズじゃなくて目立つんです。大草原にポツンといる牛みたいなものでしょうか。
特に、お笑い芸人としての渡良瀬のかっこよさに気づいてしまうんです。
お兄ちゃんのツテで始めたテレビ局のアシスタントのアルバイト中、普段とは全然ちがう渡良瀬の表情を見つけて「すごいなあ」と思ったり。
『とことんクズな渡良瀬なのに』は、渡良瀬のクズ設定に加えて人気お笑い芸人との恋愛としてもすごく楽しいマンガです。ライブ配信にドッキリ撮影、お笑いの世界にありそうなことが少女マンガ的解釈でキュートに描かれています。
紙タバコを吸いながらそんなことを言わないで! 好きになっちゃうよ!
で、ののかがチケットを握りしめて劇場に足を運ぶと、そこには「リアコのファン」たちと仲良くおしゃべりしている渡良瀬がいました。
女の子とペタペタからむ渡良瀬も、ファンの子たちが自分をチラッと見る目も、「500人斬り」なんて噂も、ぜんぶイヤ。自分が憧れてきた「キュンとする恋」とはちがうものを、彼は自分にくれようとしているんじゃないか。ののかの心の迷いがリアル。
そして、どんなに「クズだな」と思っても嫌いになれないし、どんどんのめり込んでしまうところもリアル。
98%くらいは「やめておけ」って思うのに、残りの2%のほうが確かなものに思えてしまうんです。
ところで、渡良瀬が「見に来てよ」とののかに渡した漫才ライブのチケットはF列1番。最前列ではないし、真ん中でもなく、かといって最後尾でもない、ほどほどの良席です。
でも、ののかはそのF列1番ではなくて、なんなら神席をはるかに超える極上の特等席で渡良瀬(とお兄ちゃん)の漫才を見ることになります。出囃子と心臓の音で耳が割れそうになるくらい最高なので、ぜひ読んでみて!
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori