大学生の別府リンは、ある日火事に遭い一人暮らしの住まいを失ってしまう。火の中には、バイト代を注ぎ込んだ大事な人気キャラクター「もち森ふれんず」のグッズが……! オタク学生のリン的には住むところがなくなるより、限定グッズや収集した缶バッチを失ったショックのほうが大! とはいっても住むところは必要。そこで怪しげな不動産業者から「即入居可、家具家電Wi-Fi付き、駅近リノベ」という好条件の格安一軒家物件を紹介され、半ば強引に住まわされる。実はこの家、白い髪の幽霊が出るのだ……。
そして、その家での初めての夜。
白い髪の幽霊の正体は、かわいいルックスの吸血鬼だった! 日光を恐れない(あれはガセ情報らしい)吸血鬼は、「もち森ふれんず」のぬいぐるみを人質に同居と血の提供を求め、リンはこれを渋々了承。お互いを「ぷりん」(「べっぷりん」だから)と「チョコ」(チョコウエハースを食べたから)と呼び、奇妙な同居生活を始める。
この『チョコぷり』は、新人・うしくえいによる“吸血鬼もの”の“いちゃラブ”漫画。察しの良い方はお分かりかと思うけれど、本作はBLの世界線にある。BLにはさまざまジャンルがあり、奥深き世界であるのは承知。そのなかで本作がどういうものかマニア向けに解像度高くビシーっと説明できればいいのだけど、(その知識に欠けているので)真正面からこの物語のかわいらしさを伝えたい。
吸血鬼のチョコには過去の記憶がない。ただ、彼にはかつて大好きな人がいて、なにか大切な約束を交わしたことだけは覚えている。チョコはその約束を思い出したいのだが、これまで彼の話に耳を傾けてくれる入居者はいなかった。一方のリンは、大好きな“オタ活”イベントや物販に並ぶのもずっとひとり。寂しさをずっと抱えて生きてきた。そんなふたりは、この同居を通して初めて“友だち”らしき存在を得て、仔犬の兄弟が一時も離れずじゃれ合うように楽しい日々を送るのだが……。
リンが怪しい不動産業者に「白い髪の幽霊は吸血鬼だった」と電話すると、彼はさほど驚くこともなく受け入れ、「地下室には入るな」と忠告をする。しかし、ふたりは地下室へ入ってしまい、1冊の本を見つける。
これはチョコが失った過去の記憶なのか? はっきりしないままチョコは気を失ってしまう。
目を覚ましたチョコは、ほんの少しだけ強くリンを求めるようになる。
「ぷりんはおれのだ」と胸元にキスマークを付けたり、リンのバイト先に押しかけたり、思いを強くするチョコに対して、リンもその思いを受け止め続ける。ただの“友だち”から、かけがえのない存在へと少しずつ変貌していく様子が、美しくも繊細に描かれる。
そしてある夜の吸血で、リンは全身の血がソーダ水になったような不思議な感覚に見舞われる。そして夢の中で見たのは、病弱さゆえに友だちを作るきっかけを失い、友だちがいないことを無理して受け入れた日々。孤独であることに納得しているのに、夢の中で涙を止められないリン……
この人は、チョコが気を失ったときに見た人? 誰かはわからないけど、知っている──。
リンも、チョコと同じように誰か大切な人の記憶を失っているのか?
それともチョコの大切な人の記憶を、リンも共有したのか?
それはわからない。
しかしチョコは言う。
記憶を失って空っぽだったおれを満たしてくれたのはぷりんだよ
チョコの大切な人と、リンはきっと相似形なのだ。だからこそ、チョコは満たされる。それがチョコの妄執だとすれば怪談話だし、リンがチョコの求めに応じ、満たし続けるなら悲しい純愛だ。
本作は美しくてかわいい男の子が、ずっといちゃいちゃしている至福感の高い作品なのだが(いろんな意味で行為のハードルが低いBL世界は、葛藤のストレスがなくて心地よい)、孤独なふたつの魂がどうしようにもなく引き寄せ合ってしまう切ない物語でもあるのだ。
そんなある日、リンの前に首に十字架のタトゥを入れた辻堂ナツキという人物が現れる。
僧衣を思わせる黒い服。もしやバンパイアハンター……? それとも三角関係に発展? どっちにしても、目の離せない展開になりそうです。
レビュアー
嶋津善之
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。